オモイの伝え合い
「オモイは口にしなければなにも伝わらないよ」
白姫さんが放ったその一言は夜風と共に俺の体にあたる。
自然と言葉が心の中に入り込んでくるようだ。
「それを伝えるのは難しいよ。多ければ多いほど」
今回の噂を通して、触らぬ神に祟りなし、我関せず、自分のいまの生き方を変えることを、変化する勇気を持つことを学んだ。
けれど変化を急激にすることは難しい。
優華や笹野内さんに言ったことしかまだ俺には言えない。
「・・・・・・傷つける覚悟を学んだ。それを学んで、その結果白姫さんや優華を助けることができた」
白姫さんが距離を詰めてくる。
「傷つける覚悟を学んだって言ってるけど、本当にそれはいいと思ってるの?」
「いいと思っているか・・・・・・それはそうだよ。じゃなきゃわざわざキミに言わない」
明るい表情だった白姫さんの顔が一気に怒りで溢れる。
同時に手を握りしめてくる。
「本当にそれだけ?」
なんでそこまで聞くんだ。
詳しく言ったら納得するのかなぁ。
「———笹野内さんから教わった傷つける覚悟を持って、白姫さんに聞いた。その結果、白姫さんの言葉を貰えた。上手くいったんだよ。だから、大切なことなんだなって学んだよ。それだけ。それが俺の学んだことの全て」
前のめりになった白姫さんの顔が近くまで迫ってくる。
「本咲は誰かの影響を受けて、ちゃんと学んで応えようとしてる。でも本咲が望んでいることなの」
「それは・・・・・・」
「自分の身近な人に教えてもらったから。だからそんなに大切にしているんじゃないの」
「実際それで上手くいったから」
「たまたま今回上手くいっただけかもしれない。それでも誰かを傷つける覚悟をこれかも持っていくの。本咲はこれからもそんな自分を受け入れるの?」
わかっているよ。
「オモイは口に出さなきゃなにも伝わらない」
「・・・・・・」
「本咲の本心を聞かせて。傷つける覚悟を持ちたいのか持ちたくないのかだけじゃない。いま思っていることを聞かせてほしい」
まだ誰にも心の内は伝えていない。
優華や笹野内さんにだって二人への本心は伝えていない。
いま目の前にいる白姫さんにも・・・・・・。
「抱えたものをどうしたいのか、なにをしたいのか。言葉にするのは難しいけど、口からださなきゃ人にはなかなか伝えられないから。本咲お願い」
苦手だったのに、面倒くさい人だったのに、関わらないでほしかったのに、キミはなんなんだ。
人の心をズケズケと荒らしていく。
なのに・・・・・・心が軽くなる。
お願いされると縛っている物が少しずつ取れていく気がする。
オモイを白姫さんになら伝えてみてもいいのかもしれないと体が感じている。
「傷つける覚悟は大切かもしれない。相手に本心を伝えることだから、相手のことをもっと理解できることだから」
「うんうん」
「だけど人のことは傷つけたくないって、本能っていうか、本心で、心の奥底で思っている」
全部矛盾している。
変な揚げ足取りだと屁理屈だと思う。
けどそれが俺のオモイなんだ。
「やっと言ってくれた。ねぇ本咲。傷つける覚悟っていうのは本心を言う大切なことかもしれない。でもそこにはその相手への大切なオモイがある。そこが大事なんじゃない?」
ニカッと笑う白姫さん。
「傷つけるんじゃなくて、相手に自分の———想いを伝えるっていうのがさ。傷つけたくないっていうのもその裏に自分の想いがあるからなんだし」
「想い?」
「傷つける覚悟、傷つけたくない本心どちらにしても、根底にある想いが大切。本咲はそれを見失わなければいい」
優華や笹野内さんとのことを思い出す。
想いを言えたからこそ優華や笹野内さんの想いを聞けて、行動できた。
それが大切だったのか。
傷つける覚悟を持って聞いたからじゃなくて、想いを込めて聞いたから前に進むことができた。
「自分の中で払拭できた?」
「払拭か・・・・・・少しは」
「いいね! とってもいい。だったらさ! 本咲の想い、他にもあるんだろうから聞かせて」
彼女は、白姫波音羽という女の子は不思議だ。
絶対零度の氷を溶かすような暖かさに勢いがある。
満開の笑顔はひまわりのような明るさを持ち俺を引き込む。
「今回白姫さんに救われた。正直優華のために噂を無くそうと必死になっていたけど、その覚悟をより強いものに、決定的に固めたのはキミの存在なんだ」
気づいたら勝手に口が動いていた。
「私のことはどうでもよかったんだー」
「ごめん。噂なんて白姫さんは大丈夫だと思っていた」
申し訳ない本心だ。
言わない方がいいのかも・・・・・・だけど目を合わせると白姫さんはニコニコと笑っていた。
内容よりも俺の想いを聞けているのが嬉しいのか。
この先にある言葉が大事だな。
「・・・・・・俺は感謝しているというか。その、たくさん助けられたというか。上手く言えないんだけど」
「上手く言えなくたっていいの!! 言葉を形にしてくれるのが嬉しい」
会ったばかりの他人なのに。
大して仲良くもないのに。
なぜ白姫さんはそんなにも人のことで喜べるんだ。
「白姫さんは噂とか流されたことあるの?」
「些細なことも含めればたくさんあるかな」
「そういうときどうしてたの?」
俺の過去の弱さを聞いてみたくなる。
「う〜ん、忘れた」
忘れているんだ!?
俺なんかより・・・・・・いや、俺は比べてはいけない。
白姫さんはただ大物なんだ。
「最初はなんとかしようといろいろしてた。だけどあんまり効果なくてさ。もう噂されていること自体を忘れようって思ってたかな」
ゆっくりと話してくれる白姫さん。
「そうすれば人のことを疑わないで見れるから」
人が怖くて、自分を嫌な風に思っていない人のことも信じれなくて疑ってしまうんだ。
白姫さんも同じような経験をしているんだな。
「人のことが怖くなってさ、信じられなくてこの人も自分を嫌な風に思っているんだと疑うしかなくなる。だから、俺は人のことを疑った目でしか見れなくなる、深く関わりたくなくなるんだ。気づけば自然と視線を避けるようになっていて・・・・・・」
白姫さんが顔をじっくりと見つめてくる。
後ろに下がり少したじろぐ。
見られるのはあまり得意ではない、視線を感じたら怖くなるから。
だけど彼女に見られるのは苦しいゴワゴワとした気分にならない。
「怖い?」
「いや怖くないよ、その・・・・・・」
「気分が悪くなる?」
「違う」
「じゃあ、苦しい?」
「全部違うよ!! 暗い気分にはなっていない。むしろ良いというか、明るいというかさ、なんか上手く言えないけど」
変な心地良さが心にある。
「ふ〜ん、そっかそっか」
「な、なんだよ」
「なんでもない、ただ嬉しいんだよ」
「やめてよそういうの」
「照れてるの?」
「うるさいよ」
「ハハハ」
お腹を抱えて笑う白姫さん。
「そんなに笑うこと?」
「うんうん本咲素直に表情に出すようになったなぁ〜って」
「嬉しくはないけど」
「けど出してる方がいいね本咲は」
ずっと握っていた手をより力強く握られる。
「これからも私には見せて。過去いろいろあったのは気にしないから。いまの本心は私に見せて」
笑顔が眩しい。
俺には到底作り出すことができないものだ。
「見て今日は満月」
手を繋ぎながら二人で月を見る。
放課後に話した笹野内さん。
灯台近くで話した優華。
二人以上に白姫さんと話したあと、俺の濁った心と時間が綺麗になった気がした。




