噂のその後
「昨日は上手くいきましたか?」
「やりたいことはできたよ」
「良かったです」
昨日とは違い今日は正式に朝早い時間から、笹野内さんと待ち合わせをした。
誰もいない教室で昨日の放課後とこれからのことについて話すためだ。
「お見事ですね本咲くん」
「なんのこと」
「天上生徒会長がこちら側からの交渉に対して首を縦に振るというのは、そうあることではありません。どのような交渉をしたんですか?」
「特別なことはしてないよ。ただ噂を無くすよう全力を尽くした。生徒会に入る覚悟を見せてきただけだよ」
サッカー部に入る約束をしたことは、あとのことを考えるといま言うべきではないな。
言ったらかなり怒られそうだ。
「本咲!!!」
教室に響き渡る野太い声。
「ごめん本咲」
更に後ろから数名の男女が教室に入ってくるや否や、俺と笹野内さんの元にやってくる。
「すいません本咲さん」
「ごめんなさい本咲くん」
次から次にだな。
噂が嘘だったとあっという間に広がっている。
昨日と今日で状況が一変した。
まるで浦島太郎だ。
生徒会長天上帝は嘘をついていなかった、ちゃんと噂を無くしてくれているらしい。
正確には噂が根も葉もないものだと新しく噂を広めた。
俺が行おうとしたことをより強い権力で行ったのだ。
生徒会の影響力は嘘ではないみたいだな。
「あの噂ほんとに嘘だったなんて思わなくて。ごめん」
「大丈夫ですよ。噂っていうのは本当だろうと嘘だろうと、人に話してみたくなってしまうものですから。それが面白ければ面白いほど、なお更ですよ」
実際俺は噂を流されたことについてはもうなにも思っていない。
噂の犯人が誰なのかも判明したけど、誰が流したかは気にしていない。
白姫さんや優華は違うかもしれないけど。
「お前そんな感じで喋るんだな」
「えっ?」
「初めて話してみてビックリしたぜ」
確かに入学して二、三ヶ月経つけど話すのは初めてだ。
挨拶もやりとりもしていない。
驚かれても不思議ではないか。
俺自身もクラスメイトの話し方や声はよく覚えていない。
「てか怪我してんのか!? 大丈夫かよ」
「平気ですよ」
若干引いた目で見られている気がする。
だけどいつもより視線が怖くない。
その目の中にあるオモイが悪いものではなく、悪いものだとも感じないからだ。
不思議な感覚に体から冷や汗が出る。
「そっか。ならいいけど。まぁ早く治せよな。じゃあな」
集まっていた人たちが自分の席へと戻っていく。
「お友達でしょうか」
「いないことわかってて言っているだろ」
「いえいえ本咲くんは優しい人ですから」
どんな所から優しいと思っているんだ。
「その気になれば交友関係の一つや二つ私の知らないところで、出来ていてもおかしくありません」
軽く笑って俺を眺めるように少し顔を揺らしている。
なんでも知っているというような言い草に若干戸惑う。
「顔に新しい傷ができていますね」
「昨日副会長に殴られた」
「それはまたなぜですか」
「なにか意味があるらしいけど。俺にもよくわからないな」
ただ殴られただけなら殴られ損だ。
「笹野内さん。放課後、一緒に生徒会に行ってほしい」
目を大きく開ける笹野内さん。
「珍しいです。強引なお誘いですね」
「きみにも関わることだから」
「いいですわ二人で一緒に行きましょう」
俺の手を両手で掴み笹野内さんの顔の方へと持っていかれる。
微かな吐息が手にあたり、いけないことをしている気分になる。
彼女もなかなか強引だなぁ。
話している所を見られるだけでも恥ずかしいが、このような身体の接触、触れ合いはもっと恥ずかしい。
「クラスメイトいるんだよ」
「えぇそうですね。けれど、友好な関係を持っている人同士であるのなら、このような行為を行ってもおかしなことではありませんわ」
いやおかしいだろ!?
危ないことを楽しみながらからかってくる。
「友達の域を越えていると思うんだけど」
「そう思われるのは嫌なのですか」
「嫌というか俺と笹野内さんは恋人関係にないのに、周りから付き合っていると思われるのは良くない。笹野内さんだって迷惑に感じると思うから」
「私は迷惑だとは感じません。判断するのは常にその人たち自身ですから。誰がどう思おうとも私が自由に決められるものでもなければ、縛れるものでもないのです。ですのでこれからは、たとえ私の迷惑になるかもしれないとお考えになろうとも、気を使う必要はありませんわ」
目を閉じて優しく笑う。
けれどそんなことを言われたからって簡単に変われるわけでもない。
「難しいだろ。他人の痛みを考えられないから、今回噂がたくさん広まったんだ。生徒会どうこうより、人の根本的な弱さが人の痛みを大きくすると俺は思う」
人が嫌な感情を持つかもしれないのなら、先に把握してやめるべきだ。
自分の発言、行動、態度そのどれもをもっと慎重に考えれば噂なんてものはなくなる。
「私を信じていないということですか」
「そういうわけでは」
「痛みがあると私は立ち上がれないと考えているのでしょうか」
「違うよ。痛みはないならないほうがいいって」
「傷つける覚悟を本咲くんは今回持ったはずです。人は弱さを、自分の痛みを理解すれば、他の人をもっと理解できるのです」
「自分が傷めば他人の痛みを考えられるようになるってこと?」
「そうでなければ本咲くんは白姫さんと優華さんのためにここまで頑張れないはずです。私と一緒に協力しようとも思わなかったと思いますわ」
それは違う、違うんだ。




