親子丼と妹
公園からとんできたボールを拾い持ち主である少年に返した。
そのあとはお互いの家へと向かう。
「ついたしお別れだね」
「また会う日までだな」
「今生の別れみたいだね!?」
広々とした住宅街の中を進み、お互いの家についた。
俺も優華も一軒家に住んでいる。
「今日は金曜日だから次に会うのは月曜日だね」
「なにもなければ」
「さっきからまるでなにか起こるみたいだよ〜」
口に手を当て笑いながら、俺の目を見つめてくる優華。
お互い黙ってしまう。
さっきから続く空っぽの心の答え合わせはしていない。
俺はする気もないけど。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
無言の時間が続く。
「優華?」
「え!? な、なんでもないよ。ほんと、なんでもないから・・・・・・」
手を顔の前で大きく振り、強く主張してくる優華。
「わかった」
会話がないならここですることはもうないため、家の敷地を一歩跨いだ。
「強助!!」
動きを止めるためなのかわからないが、俺のシャツを強く掴んでくる。
「私・・・・・・まだ・・・・・・」
苦しそうに顔を顰める。
「ううんごめんね。じゃあお疲れ、バイバイ!」
シャツから手を離し、大焦りしながら黒妃と表札に書かれた家へと入っていく。
目には少し涙を浮かべていた。
それを見て俺は心で謝りをいれる。
ごめん優華。
俺はもう・・・・・・。
本当にごめん。
「誰かに押し付けられてやれるほど、あれにもう魅力を感じていないんだ・・・・・・」
庭を進み扉へと向かう。
鍵を開けて中に入る。
「ただいま」
返事は聞こえない。
それはそうだ。
誰も家に帰ってきていないのだから。
でも帰ってきたら家族みんなにおかえりと言われていた昔のなごりで、ついつい家に帰ったらただいまと言ってしまう。
「お帰り」
うん、俺が言うと絵になるな。
自分で自分にただいまとお帰りを言うと痛い奴に見えるけど、俺ばっかりは違う。
「さてと、日課を始めますか」
玄関の前にある階段を登り、二階の一番奥にある自分の部屋へ向かった。
部屋に入ってからバックを勉強机の横に置いた。
そのとき、机の上にあった一枚の紙が目に入る。
「あとでいいか」
目の前には一学期が終わってから行われる合宿の紙がある。
それを見過ごして一階のリビングへと向かう。
リビングに着いたら冷蔵庫から食材を取り出す。
とりもも肉に、玉ねぎ、卵。
今日は簡単な親子丼を作る。
「簡単とはいってもこの家は人が多いから、必然的に作る量が多くなって、大変ではあるんだけど」
自虐的に言ったが事実だ。
この家は五人家族だから、一回の食事の量を多めに作らないといけない。
だから一人分を作るよりも手間はかかって、時間もとられ楽じゃない。
でも俺にとっては数少ない趣味だから苦な時間ではない。
まぁ毎日朝と夜ご飯を作るから、流石に作りたくないときもあるにはある。
だけど俺が食事当番を務めているため文句を言わず作らなければいけない。
食事を作ると提案したのも自分自身だから。
「男性も女性も毎日料理を作れる人は凄いな。というか、なにかを毎日続けられる人って凄い」
うんうんと頷く。
そういう意味で俺も凄いよな、流石俺だ。
玉ねぎを切りながらボソボソと誰に語るわけでもなく喋る。
料理を作るときは周りに誰もいないからか独り言が多くなる。
「痛てっ」
玉ねぎによって目にヒリヒリとした染みる痛さがくる。
何回も切っているけどこの痛みには全く慣れない。
玉ねぎは嫌いだ。
食べるのは好きだけど。
「切り終わったし、さっさと親子丼を作るか」
鍋に油を垂らしてその次にとり肉を入れる。
中火でとり肉から赤みが無くなったら、玉ねぎを入れて軽く炒める。
玉ねぎがしんなりしたら、めんつゆ、しょうゆ、砂糖を適量入れて味を調整。
プラスして、この家では和風っぽく甘みが強いのが好まれるため、和風だしとはちみつを少し入れる。
調味料は計らずに感覚で入れているが、多く入れすぎなければ失敗はしない。
入れるのが少ない、味が薄いと感じたならめんつゆやしょうゆなどをあとから足せばいいから。
「最後に卵を入れて少し加熱すれば・・・・・・完成だ」
特に変わった所はなく普通だけど、親子丼が出来上がった。
「あとはみそ汁と付け合わせの副菜でも作るか・・・・・・」
ガチャっと音がした。
誰かが家に帰ってきたみたいだ。
玄関から上がり、ドタバタと凄まじい勢いでこちらに向かう足音が聞こえてくる。
「お兄ちゃん!!」
廊下からリビングに続く扉が開かれ、そこを見ると制服姿ではなく、体育着の妹が立っていた。
「七夏実帰りました!!」
「お、お帰り。でも、その挨拶はなんなの?」
「間違えないようにです!!」
「誰と」
「姉とです!!」
「顔を間違えるわけないよ。何年も一緒に暮らしているんだから」
「そうですね。お兄ちゃんが私のこと間違えるはずありませんもんね」
「じゃあ今度間違えてみるな」
「ふぇぇぇ!? 間違いないでくださいよ〜〜!!」
嬉しそうに微笑みながら、栗色の髪を指でクルクルしている。
というか髪がクルクルしている。
いかにも聞けって感じだよな。
「髪型・・・・・・」
「そうです!! 気づきましたかお兄ちゃん!!」
キッチンにいる俺の方へと走ってくる。
「友達が七夏実ちゃんはこういうのも似合うよって、いつもはサイドテールの髪型にしているんですけど、思い切ってお嬢様みたいなクルクルと髪を巻いた、縦ロールに変えてくれたんです!!」
確かに高貴な雰囲気が髪型から感じる。
「似合ってますか?」
モジモジと手のひらを合わせて上下に動かしたり、体をくねくねとさせ、恥ずかしそうにチラチラと見ながら俺の反応を伺ってくる。
「うーん。似合っているとは思うよ」
「本当ですか!? やった〜!!」
「けどそれは七夏実自身の魅力が溢れているからであって、どんな髪型をしても似合ってしまうからだよ。だからいつもの髪型より似合っているとは思わない。俺的にはいつもの髪型の方が良いと思う」
妹が呆気にとられたような驚いた表情をしている。
気持ち悪いことを言ってしまっているな。
異性の兄妹、年頃でもある。
距離感を保たなければいけない。
「と言えば女の子は喜ぶだろ? だから深い意味はないんだ」
突然妹が俺に抱きついてくる。
「七夏実?」
「ありがとうお兄ちゃん。褒めてくれて」
金色の目を輝かせ下から見上げてくる。
妹は一個下の中学三年生で、生徒会長や学級委員を務め、持ち前の優しさで多くの人を助けていると聞いた。
そのためか、顔がおっとりとした美形だからかわからないが、非常にモテているとも聞く。
多くの男子は笑顔と優しさでやられているんだろうなと、目の前の状況を見て思った。
流石俺の妹だ。
だが・・・・・・。
「抱きつくのはやめようか七夏実。体が苦しい。あと兄として妹に抱きつかれるのは心も苦しいから。あと、ほんと体が苦しい」
「ごめんなさいお兄ちゃん」
七夏実が慌てて俺から離れる。
照れくさそうにそれでいて悲しそうにしていた。
「今日は帰りが早いんだな」
俺は話を変えた。
「うん。けどこのあとすぐに塾に行かないとなんですよね」
「あぁ、受験だもんな」
中学校三年生の六月。
この時期は受験勉強で忙しいはずだ。
「頑張れよ」
「もちろんです!」
親指を立ててグットポーズをこちらにしてきた。
「あ」
「どうした?」
「受験勉強しなきゃではありますけど、息抜きは大切ですよね。だから・・・・・・」
瞼を数回パチパチとさせたあと、大きく開いた。
「明日デートに行きませんか?」