ファッション優等生
「・・・・・・」
「そうやって自分が傷つきたくないから立ち向かわないんだ」
湧き上がる怒りはあるが反論はしない。
駒下さんの言っていること自体は間違いではないからだ。
「噂は確かに無くなる。けど一度噂をされたって心に傷がついたら消えることはないよね。治らない。一生残り続けて、苦しみさせられる」
言葉に力がこもっている。
そんなのはわかっている。
「自分がいた場所だって平和になったように見えて、もっと辛い場所になってる。相手がなにを思ってるかわからない。全員が仮面の下に素顔を隠しているように思えてしまうの」
わかっているんだよ、わかっているんだよ。
実感できるんだよ。
俺は、俺は知っているんだよ。
「・・・・・・」
「疑心暗鬼の迷路に迷い込む。それが噂っていうものだよね」
心に直接語りかけられていると錯覚しそうになるくらい浸透してくる。
もしかしたら俺が無意識で浸透させているのかもしれない。
「無理に動けない理由が本咲くんにはあるんだと思う。でもね噂は広まっていて、それで嫌な思いを抱えてるのは事実でしょ?」
全てがお見通しとでもいうような反応だ。
確かに駒下さんが言うように嫌なオモイがあるのは事実だ。
だけどそれはあくまで不快な気持ちがあるというだけで、動かす動機にはならない。
「なんと言おうと俺がなにかをすることはないよ」
顔を伏せる駒下さん。
もう話すことはない。
申し訳ないけどこの場から去るために席から立ち上がろうと思った。
そのとき制服の胸ぐらを掴まれる。
「向き合いたくないだけの卑怯者!!」
なにが起こったかわからなかった。
気づいたら伝票を手に取り、俺が置いたお金をテーブルに残しレジへと向かっていく駒下さんがいた。
俺はなにを・・・・・・駒下さんをなぜあそこまで怒らせたんだ。
さっきまで彼女がいたテーブルを見るといくつかの雫が落ちていた。
なにもできず動けないままその場に佇む。
「女の子を泣かせるんですか」
タイミングが良いのか悪いのか目の前に約束の待ち人が現れる。
「随分な言い方だな」
「事実を述べているだけです」
「いままでどこにいたの」
「少し用事がありまして、お伺いできず申し訳ありません」
別にと力ない言葉を返すと笹野内さんはハンカチを取り出す。
「放課後に立ち寄ったカフェで一人呆然と座っていては寂しいですわ」
俺の目元まで手を伸ばし、そっと触れて拭う。
「場所を変えましょうか」
提案を受けいれるまま笹野内さんについていった。
道中駒下さんの言葉が頭の中でかけ回っていた。
臆病者、卑怯者、傷つきたくない、向き合いたくない、立ち向かわない。
彼女に言われた言葉がずっと頭から消えなかった。
「着きましたよ」
「ここは・・・・・・」
「懐かしの公園でしょうか?」
俺と優華が出会った公園。
家の近所にある公園だ。
この前サッカーボールを拾った場所。
「そうだけど・・・・・・」
「数年前は私も大切な人とこのような公園で儚き逢瀬を営んでいましたから」
歩み始める笹野内さん。
「せっかく公園に来たんです中に入りましょう」
並んで歩きベンチへと向かう。
その行動に意思はない。
ただ笹野内さんが歩いているから、俺も歩くだけ。
目の前についた瞬間、手を掴まれた。
「座りませんか?」
「いや座るのはいいけど」
わざわざ手を掴む必要はあるのか。
重なりあった手から温もりが伝染してくる。
心臓が変な揺れ方をしているから離してもらいたい。
「ではどうぞ」
促されるままベンチに座る。
その際手を離してもらえた。
けど自由にされた手からは、残り火のような優しいしっとりとしたものを感じる。
離されたくなかったのか・・・・・・なに甘えているんだよ。
ダサいな。
「本咲くんあなたはいま、自分はなにをやっているんだろう。そうお考えでしょうか?」
「なんで、キミは・・・・・・」
「苦しくて辛くて逃げたくて、ずっと悩んでいる人を私は知っているのです」
ベンチからブランコを見つめる笹野内さん。
「駒下さんからのお願いを叶えてあげなくていいのですか」
「キミはどこまで知っているの。そもそも、あの場を設けたのは笹野内さんだった。あえて俺と駒下さんが二人きりになるようにしたんだろ」
「彼女が望んでいたのです。あなたと二人きりで話すことを。私は彼女のお願いを叶えてあげたかったのですよ」
「そんなにいうなら俺の願いも叶えてよ」
「なんでしょうか?」
問い返されると思っておらず黙ってしまう。
とくに願いはない、そういうわけでもないのだがここでなにを言うのが正解かわからず、彼女がどんな答えを望んでいるかもわからないから、なにも言えなかった。
「夏が近づいたとはいえ夜は暗くなっていきますね」
なにを言っているんだろう。
「いまからでも間に合うのでしょうか」
首を傾げる笹野内さん。
「どうしたの」
「駒下さんですよ。彼女にまだ会えるか思案をしていました」
「もう会う気はないってわかっているよね」
「あなたがいまそう思っていることはわかっています。けれど」
「まるでこのあと変わるような言い方だ」
「フフフ、失言はするものではありませんね」
とは言っているけれど最初から狙っていたように感じるのは気のせいだろうか。
「なにか言いたいことがあるんじゃないの笹野内さん」
「写真はご覧になられたのですよね」
「この公園にある木の影から撮られたよ」
あのとき気づいていればな。
自分が嫌になる、嫌になって公園の砂場の中にでも埋もれたい。
「どこから撮られたのかもうわかったのですね。流石本咲くん」
「そんなことはないよ」
微笑む彼女に苦笑いを浮かべて返した。
「あの写真には本咲くんと白姫さんだけが写っていたわけではなかったですよね」
「なにが言いたいの」
「黒妃優華さん。彼女も写っておられでした」
嫌な予感がする。
そのとき、俺は見落としていた事実に気がついた。
「噂を流されているのは二人だけではないのです。優華さんも噂を流されています」
気にしようと思わなかった。
あの場に一緒にいた優華の噂が流されている可能性を。
「ファッション優等生。彼女はそう呼ばれています」




