第3話:専属パティシエ
「……」
皇帝陛下は何も言わない。
何も話さず、淡々と食べていらっしゃる。
タルトを食べるサクサクという音が、皇帝の間に静かに響く。
未だかつて、これほど緊張して作ったお菓子の感想を待ったことはない。
シディやメイド仲間に振る舞い、キャッキャウフフしてた時期が懐かしい。
心臓の拍動で耳が痛くなってきた頃、皇帝陛下はタルトを全部食べ終わった。
そのまま、私をギロリと睨みながら話す。
「生地は甘いが……ジャムや苺はそれほど甘くなかったな。……なぜだ」
お菓子に対する質問をいただいた。
ま、まずかった……ということだろうか。
いや、落ち着きなさい、アンシー。
どんな運命が待っていようと、まずは誠実に答えなければ。
深呼吸して気持ちを整え、お答えする。
「生地には砂糖を使ったので苺部分は砂糖を使わず、素材の甘みと酸味を活かしました。ジャムや苺も甘いと、逆に甘すぎてしまうと思ったので……」
「ふむ……なかなかやるじゃないか。たしかに、生地の甘さと苺の酸っぱさがよいコントラストになっていた。後味も爽やかだ。要するに、総じてうまかった」
「あ、ありがたき幸せ」
褒めてくださり、すかさず跪いて頭を下げた。
……よかった、おいしいと言ってくれた。
関門を通過した気分で、すごく安心してホッとする。
だけど、それっきり皇帝陛下は黙ってしまった。
顎に手を当てたまま、静かに何かを考えている。
きっと、私の処刑方法の検討だろう。
打ち首か磔か石打ちか、はたまた火あぶりか……せめて、少しでも楽な方法をお願いしたい。
……などと思っていたら、皇帝陛下は衝撃的な言葉を言った。
「アンシー。君を私の専属パティシエに任命する」
「えっ!? せ、専属パティシエでございますか!?」
驚きで思わず叫んでしまうと、皇帝陛下は無言でうなずいた。
どうやら、確かな決定事項らしい。
専属パティシエなんて、まだ心の準備が……。
私の胸中などいざ知らず、皇帝陛下はお話を続ける。
「私は甘い物が好きなのだが太りたくなくてな。あまり食べるわけにはいかない。そのせいで常にイライラしていたのだ」
「そ、そうだったのですか……」
「カロリーが0ならば、いくら食べても問題ない。いつでも好きなときに甘い物が食べられる。よって、君こそ私の専属パティシエとしてふさわしい人物だ」
皇帝陛下がイライラしている理由が判明した。
甘い物がお好きだったのか。
何はともあれ、専属パティシエになってしまった。
田舎から出てきたときからは想像もつかないよ……。
どこか呆然とする私に、皇帝陛下は追い打ちをかける。
「それともう一つ」
「は、はい」
思案にふけっていたら、皇帝陛下の声で我に返った。
こ、今度は何を言われるのだろうか……。
どこか想像していた通り、またもや衝撃的な言葉だった。
「私の名を呼ぶことを許可しよう」
「ええっ!?」
皇帝陛下の名前を呼ぶなんて、それこそ"選ばれし古強者"にしか許されていない特権だ。
単なる下級メイドの私がお名前を呼んでいいのだろうか……と気後れしていたら、皇帝陛下の目つきが険しくなった。
「……文句があるのか?」
「ありません、ニコラス様!」
すかさず大きな声で返事する。
死にたくないから。
その後「もう帰ってよい」と言われたけど、どうしても聞いておきたいことがあった。
「あの……一つだけお尋ねしてもよろしいでしょうか」
「なんだ」
喉が渇いて張り付くのを感じながら、震える声で尋ねる。
「何かミスをした場合は……私はどうなるのでしょうか。例えば、お菓子の提供が二秒遅れたり……」
恐る恐る尋ねると、ニコラス様は静かになられた。
そして、今日一番の恐ろしいお顔で告げる。
「もちろん、死刑だ」
いつの間にか、即日解雇という選択肢が消えていた。
専属パティシエということは、常にニコラス様のお菓子を作らなければならないのだろう。 お望みとあらば、朝でも昼でも夜でも深夜でも……。
0kcalのお菓子なので、いつでも食べられる。
言い換えると、命の危機もそれと同じ頻度で訪れるということ。
つまり、思うことはただ一つだけだった。
――…………私はこれからどうなるのぉっ!?