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第2話:”桜苺の極上タルト”

「……どうしよ」


 私は一人、広大なキッチンで佇んでいた。

 皇帝陛下の食事専用の台所だ。

 いつも借りる使用人用のキッチンの五倍は広く、金属はピカピカに眩しく光るほど手入れが行き届いている。

 いくら宮殿務めとはいえ初めて会ったメイドなので、見張りの一人や二人がいてもおかしくないけど、私の他には誰もいない。

 皇帝陛下曰く、「毒など入っていてもわかるし、食べても効かん」とのことで、そこからもまた度胸が伝わった。

 制限時間はきっかり一時間。

 皇帝陛下のお菓子を作るなんて思ってもみなかったので、未だにそのショックから抜け出せない自分がいた。

 ……いや、ダメだ。

 ぼーっとしてたら時間だけなくなる。

 まだ死ぬのは嫌だ。

 顔をパンッ! と叩いて気合いを入れたとき。


「……アンシー」


 ふと、私を呼ぶ声が聞こえた。

 出入り口を振り返ると、ひょこっと見慣れた少女が顔を出している。

 茶色のポニーテールにくるりとした茶色の目をした、黒縁眼鏡の少女。

 彼女は……。


「えっ、シディ! どうしてここに……!」


 メイド仲間のシディだった。

 年齢も出稼ぎという境遇も私と同じこともあり、知り合ってすぐに仲良くなった。

 今では一番の友達だ。

 シディは私に駆け寄ると、ひしっと私の手を握った。


「アンシーが皇帝陛下のお菓子を作る、って聞いて駆けつけたんだよ。大変な目に遭っちゃったね」

「シディ……ありがとう」


 良き友人の心遣いにほろりと涙する。

 ……涙するも、素朴な疑問が思い浮かんだ。

 

「ど、どうやって、ここまで入ってこれたの?」


 当たり前だけど、セキュリティの都合もありこのキッチンは宮殿の中でも奥地にある。

 一介の下級メイドが入れるような場所じゃないと思うけど……。

 私が尋ねると、シディは眼鏡をくいくいっと動かしながら言った。


「ふっふっふっ……秘密の抜け道があるんだよ」


 レンズが真っ白に反射してしまっている。

 シディは宮殿を探検するのが好きみたいで、暇さえあれば探索しては隠し通路を見つけたりして喜んでいた。

 今回もまた、彼女の独自ルートでこのキッチンに忍び込んだに違いない。

 時計を見ると、すでに五分ほど経っている。

 何はともあれ、シディのおかげで元気が出た。

 両拳をぐっと力強く握る。


「私、頑張る!」

「頑張れ、アンシー!」


 悩んでいても仕方がない。

 まずはお菓子を作ってからだ。

 壁際の冷蔵魔法庫に行き、食材をチェックする。

 苺や卵を見ていると、レシピが頭につらつらつらっ! と思い浮かんだ。

 ……よし!


「苺のタルトを作りましょう!」

「おいしそう!」


 焼き時間などを入れても、ちょうど作り切れそうだ。

 まずはカスタードクリームの準備。

 皇室御用達の<皇麗鳥>の卵を使わせていただく(というか、卵はそれしかなかった)。

 超濃厚な黄身がボウルに落ちる。

 上等な白砂糖を混ぜて、白みがかるまで練っては混ぜる。

 金属の泡立て器をシャカシャカ回していると、私の気持ちも明るくなってきた……。

  

「た~まごと、さと~うを混っぜると~! カスターなクリームになりますよ~! 練る暇あっても寝る暇ナッシング~!」


 特にお菓子作りは楽しくて思わず歌ってしまうね。

 小麦粉(これもまた上等な品)を入れ、さらに下々の者では手が届かない<栄養牛>の牛乳を加えて混ぜ始る。

 火にかけ混ぜ混ぜ混ぜてとろりとしてきたところで、ぽつりとシディの呟きが聞こえた。


「アンシーはこういうときも変わらないんだね……」

「なにが、なにが、なにがぁああ? 私は何も変わってないない、変わってない! いつでもどこでも平常心のアンシーとはこの私ぃ!」


 シディやメイド仲間曰く、私は料理をすると豹変するらしい。

 そんなことはない。

 私はいつだって平常心だ。

 今だって、皇帝陛下に対する恐怖と緊張感で、私の心は大変に追い詰められている……!


「カスタードクリームをタルト皿に入れたら~? ……オーブンで焼きまっしょい!」

「とはいえ、元気みたいで安心したよ」


 シディの呟きを耳に(小さな声でよく聞こえなかった)、タルト皿をオーブンに入れる。

 十五分ほど……焼くぅ!

 皇帝陛下なんて偉い方にお菓子を作れるなんて、むしろ光栄でテンション上がるねぇ!

 こんな機会滅多にないよ!?


「焼き上がりを待つ間~、私は苺を切っていく~」

「歌いながらも怪我しないんだから立派だよね」


 苺を取り出し水で洗う。

 これは<桜苺>。

 ヘタのところが桜の花びらになっている大変に珍しい……苺ぉ!

 縦方向にスライスして準備を進める。

 タルトは甘いお菓子なので、<桜苺>の酸味をもっと活かしたいね……うむ。


「ジャムにしてかけましょー!」

「これくらい元気なら大丈夫だね」


 <桜苺>を潰してジャムを作る。

 砂糖を入れたくなるけど、グッと我慢。

 すでに生地が甘いので、余分な甘さは入れない方が良いのだ。

 ここまで来て、ちょうどオーブンに入れてから十五分経過。

 生地を取り出すよ。

 少し冷ましてから、切っておいた苺スライスをおしゃれに並べる。

 ジャムをかけたら、ミントの代わりに<桜苺>のヘタを乗せておいた。

 ピンクが可愛いアクセントだね。

 最後は……スキルでカロリーを消すぅう!


「【0kcal】……発動!」


 手をかざして魔力を込めると、タルト全体が白い光に数秒ほど包まれた。

 これで終わり。

 カロリーが0になった。


「いえーい! 完成ー! うまくできたね、ハッハッハッ!」

「やったー、さすがアンシー!」


 シディの拍手を気分よく聞いていたけど、少しずつ胸の昂ぶりが落ち着くのを感じる。

 調理が終わると、いつも急激にテンションが戻るのだ。

 同時に、忘れかけていた恐怖心が舞い戻る。

 

「まずいって言われたらどうしよ……」

「大丈夫だよ、アンシー。あなたのお菓子は本当においしいんだから」


 肩を抱いてくれるシディの手を握る。

 ……そうだね、ここまで来たらやるしかない。

 やるしかないのだ。



 □□□



「……お待たせいたしました。"桜苺の極上タルト"でございます」


 その後、私は皇帝の間に戻り、心中で命乞いしながらお菓子を献上した。

 皇帝陛下は受け取ると、すぐには食べず傾けたりして全体を眺める。

 それだけで私はもう死にそうだ。


「悪くない」

「ありがたき幸せ」

 

 この言葉が遺言にならないことを祈る。

 シディは「絶対、大丈夫!」と力強く送り出してくれけど、緊張で目が回った。

 断頭台に送られることになったら、シディに抜け道を教えてもらおう。


「では、いただくとしよう」


 皇帝陛下はあ~ん、とタルトを口に運ばれる。

 私の命はここで終わるのか、それとも生き永らえるのか、全てはこの瞬間にかかっている……!

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