第68話 訓練の日々
第68話 訓練の日々
教皇との対話の後――、俺は仮住まいとなる部屋へと案内され、歩き疲れていたこともあってすぐに眠ってしまう。
翌日目が覚めたのは昼を過ぎだった。
宮殿の者達も気を使ってか、起こしに来たような形跡はない。
「……、割と自由みたいだな……。」
寝起き直後、全く冴えていない頭で思ったのは、そんな緊張感のない感想であった。
その言葉が示す通り、遅すぎる朝食の後は町をぶらぶらと見て回り、日が暮れる前に自室に戻る。
部屋にあった書物を読んで時間を潰し、日が完全に隠れると白いローブの従者が夕食の時間を告げに来た。
昨日に勝るとも劣らない豪勢な夕食に舌鼓を打ち、食後には大浴場で入浴を楽しむ。
「食べ物は美味しいし、ここの風呂も最高だ……。」
極楽という言葉はこのためにあったのだ。
そう確信に至る程の快適を堪能していると、着替えを持ってきた白いローブの従者から明日以降の話を聞かされる。
「朝にお伝えできていませんでしたが、明日からは勇者として立つ為の訓練が始まります。」
勇者として立つ為の訓練。
当然、勇者として戦う訳だから、剣の扱いや戦い方そのものを覚えなくてはいけない。
幸い、元いた世界で剣術を習ってはいたけれど、実践の方は未経験だ。
勇者になることを完全に受け入れられた訳ではないけれど、何もせず野垂れ死ぬくらいなら――、与えられた役割だったとしても、その役割を果たす事で惨めに終わるのは避けられるだろう。
「分かりました。」
美味しいものが食べられて読書や散策も自由なこの生活の為なら、多少の苦難は乗り越えられるはずだ。
その考えから、従者の言葉に即答で了解し、夕食前に読んでいた書物の続きでも読もうかなと風呂を後にする。
だが、そんな都合のよい妄想は、翌日に訪れる現実の前にあっけなく崩れ去った――。
異常――、又は地獄と呼ぶに相応しい、ローグリフ騎士団式の訓練――。
それは、早朝日が昇る前、白ローブの従者に起こされるところから始まる。
「起床時間です。半刻後より、訓練を開始します。」
起こされるや否や、そのまま運動しやすい服装に着替えさせられ、宮殿から出て円形に敷かれた石畳の広場まで全力で走って5往復――。
更に着替えて朝食を取り、その後はローグリフ騎士団の剣術訓練に一日中付き合うことになる。
夜になれば豪華な食事にはありつけたが、激しい訓練の後の所為か、初日から数日はあまり喉を通らなかった。
「もう無理だ……、明日はサボろう……。」
寝る前に何度も吐き捨てた言葉を思い出す。
しかし、無情にも朝は訪れ、白ローブの悪魔も容赦なく起こしにやってくるのだ。
魔王を倒す前に、いつか死ぬ――。
そんな泣き言を抱きつつも、1日――、また1日と訓練の日々は続き――、気づくと既に50日ほどが経っていた。
慣れとは恐ろしい――。
30日辺りを超えてからは、あまり弱音を吐かなくなっていた。
そして、50日にもなると――、
「昨日は商店の方まで距離を伸ばしたし、鍛冶場の集落辺りまで行ってみるかな。」
体力も筋力も増加したことで、元の訓練の内容では物足りなくなってくる。
物足りないと言うよりは、後悔しない為が本音なのかもしれない。
いずれ訪れる戦闘の日々で生き抜く為――、死ぬ直前にやらなかった後悔を残さない為にも、今できる事――、できるようになった事を精一杯やりたかったからだ。
向上したのは能力だけでなく、運動によるストレスの発散が良かったのか、考え方もどこかポジティブになる。
心身共に向上――。
――訓練、最高じゃないか!――
しかし、成長を実感するにつれ、相手の力量を掴めていない事が懸念となっていく。
勇者として出立するまでの日数――、即ち、訓練ができるのも後20日程だということだ。
残された時間はそれほど多くはない。
僅かとなった猶予の中で、今以上に体と剣技を鍛え上げ、魔王を討ち果たし、無事に生還――、あわよくば元の世界へ帰還する。
そう心の中で強く誓った――。




