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第66話 教皇府

第66話 教皇府


 レイラに案内されるまま、メルクトの町からヘスター旅馬車で北へと向かい、教皇府のあるベロの町に到着する。

 木々や草花といった自然を残しつつ、町と一体化させたような緑豊かな印象を受けた。


「この町だけじゃなく、この世界には多くの自然が残っているんだな……。」


 元居た世界であれば、この場所はハーメニス教会跡とシュライク孤児院跡があった所である。

 何年も前に火事があり、周囲一帯が焼け跡となったのだ。

 その後、自国や周辺他国も全く手を付けず、焼け跡がそのまま放置されている。


「そもそも、あちこちで戦争が起きているから、修繕のしようがないのだろうけど……。」


 元の世界とは異なり、今尚美しい情景を残しているこの世界を俺は観察していた。


「そうでもないわよ。」


 感傷に浸っていると、溢していた言葉から察して、レイラが意見を述べる。


「自然は色濃く残っているけれど、修繕が必要なのはこの世界も同じだわ。」


 美しく感じたこの世界にも、破壊され放置されているような場所があるのだろうか。

 そう思わせるような言葉で始まり、彼女はこの世界についてを語りだす。


「この前にも話したけれど、人間種と妖魔種が対立している事がその一つ。境界線が海になっているから、陸の上は比較的元のままを維持できてはいるけれど、海の底……、人間種と妖魔種の溝には、多くの遺恨が蓄積されているわ。底に沈んで見えていないだけでね。」


 彼女は種族の争いを引き合いに出したが、それはあくまでも一例に過ぎない。

 妖魔種との対立がその一つと言ったように、実査に海面や堀が国境に無くても埋められない過去の遺恨は残り続けるものだ。


「どこの世界でも争いがあり、それによって景観や人々の繋がり、そういったものに綻びが生じているってことかな。」


 彼女の言葉を要約し、改めて周囲を観察してみる。


「そういうことね。見え方は変わったかしら?」


 先ほどのやり取りを含めて、改めて景観を観察してみても、見た目の印象に変化は感じられなかった。


「それでも、俺にはこの世界の方が美しく感じるよ。」


 俺は素直にそう告げる。


「そう……。なら、今はそういうことにしておくわ。」


 彼女は納得しきれていない様子で、意味ありげにそう返答していた――。




 様々な商店が並ぶ町の中を進み円形に敷かれた石畳の広場に出たが、立ち止まる様子は無く、奥に見えるお城のような建物を目指して通過する。

 道の両側は商店や民家から取って代わり、側面からの侵入や待ち伏せを防ぐための高い壁が建物まで続いているようだった。

 レイラとの会話も減り、殺伐とした道をしばらく歩いた先で目的地であろう城のような建物に到着する。


「ここが教皇府の中心、拝宮殿はいきゅうでんよ。」


 全体的に石造りでできた城のように立派な宮殿。

 生活感や温かみのようなものは一切なく、参拝者の粛々とした態度と建物自体の厳かな佇まいから、雰囲気的な神秘性が滲み出ていた。


「参拝者のための宮殿である拝宮殿の他に、奥には公宮殿と呼ばれる特定の人物しか入れない場所もあるわ。」


 恐らく彼女はここに来たことがあるのだろう。

 目に見えているこの宮殿だけでなく、その奥にあるものについても惜しみなく話してくれた。


「公宮殿の公という字が示すように、公宮殿には公爵位……、旧ローグリフ連合の爵位制度で公爵の爵位を賜った5つの氏族しか入ることができないとされているわ。」


「もしかして、レイラはその氏族の家系……、だったりするとか?」


 ここまで詳しいと、その氏族の身内か何らかの関わりがあったに違いない。

 そう思って訪ねてみたのだが――、


「残念ながら、私はハイデンベルグ王国生まれですので……。」


 どうやら氏族の家系でもなければ、この国の生まれでも無い様だった。


「なるほど。それにしても、レイラは教皇府に関して結構詳しいと思うんだけど。」


 普通の人が知りえないような事まで話すレイラに、率直に疑問を投げかける。

 単純に一般知識として町の人達も知っている事である可能性もあるが、色々と教えてくれるのは何か訳があるのかもしれない。

 そう思ったからだ。


「そうね……。ここに来る前、いろいろと調べたから……。」


 そう言ってレイラは拝宮殿の方へと視線を向ける。

 しかし、その視線は単に拝宮殿の方を見ているのではなく、その奥にある公宮殿を意識しているように思えた。


「これから俺がどうなるかも、レイラは知っているのかな?」


 必然を意識するようになった所為か、言葉の裏――、その言葉の繋がる先のような所までを考え、保身の確認も踏まえて尋ねる。


「詳しくは知らないけれど、以前の経験から凡そ分かる事もあるわ。」


 返ってきた言葉が余計に不安を掻き立てる。


「何故か嫌な予感がするんだけど……。」


 その先をあまり聞きたくない。


「大丈夫よ。」


 そんな気持ちの俺をお構いなしに、根拠がありそうに見えてなさそうにも思える、『大丈夫』の一言によってその先を明かされていく。


「勇者として転移したことを伝えれば、必ず歓迎される筈よ。その後は戦闘訓練と引き換えに身の安全や衣食住の手厚い保護。最終的には人間種の英雄として名を馳せることになる……、と思うわ。」


 必ずなのに筈――、引き換えに保護――、最後は殆ど個人の感想になっていた。


「……、不安だ……。」


 説明を受けて尚、まったく何が大丈夫なのか、一抹の不安も拭えていない。


「生きる為の通過儀礼だと思って、乗り越えるしかないわね。」


 止めを刺すような後押しを受け、渋々も渋々に――、俺は拝宮殿へと入っていった――。

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