第65話 新たな勇者
第65話 新たな勇者
ある程度予想はしていた――。
「現状、人間種と妖魔種は、大海を隔てて相互に干渉を控えているわ。」
レイラの説明を傾聴しつつ、俺は内心と現状について考えを巡らせる。
元居た世界とは違う場所であることは確信をしていたし、偶然、そういう世界に転移してしまったのだと、やり切れない気持ちを抱きながらも納得はできなくもない。
「控えているといっても、妖魔種は人間種よりも強大な力を有し、その気になれば人間種を悉く殲滅できるでしょうね。」
しかし、別の未来とも言える、『もしもあの時こうなっていたら』の世界が存在していて、数多の世界の中から偶然にもその世界に転移したことは、何らかの思惑が働いているのではと、勘ぐりたくなるくらいだ。
そう――、本当に偶然なのだろうかと――。
「そうならない為に、人間種は遠征部隊を度々派遣して、妖魔種が攻めてこないよう武力で牽制しているのよ。」
彼女の話から、他にも気になる点が出てくる。
例えば、未だこの世界には妖魔種が存在し、人間種はその妖魔種と牽制状態にある事だ。
元の世界でも国家間の争いはあったが、強力な力を有する異種族相手の争いでは無い。
これまでの常識や理解では及ばない、未知に対する備えが必要となるだろう。
「そして、その遠征には必ず……、あなたのように異世界から現れた者を勇者と呼び、遠征軍の筆頭としているの。」
話の流れからして、こうなる事も予測済みだ。
必然だとすれば、何かしらの役割がなければおかしい。
俺の場合だと、今彼女が話したように勇者としての役割がそうなのだろう。
「つまり、俺はその為に……、勇者としてこの世界に転移したと……。」
予測の確認と、まだ確信に至っていない己の役割について、それを受け入れる心の準備を兼ねて、現状の認識を言葉に出した。
「ええ。そうでしょうね。」
それを察した訳ではないと思うが、彼女の口からははっきりとした肯定と、その裏付けが突きつけられる。
「アステイト王国の王子失踪事件にローグリフ連合の王子奪還侵攻と続き、魔王軍精鋭の討伐とそれを果たした王子の凱旋。妖魔種がこれを静観しているとは到底思えないこの状況に、救世主となる勇者が現れる。必然性としても疑いようがないと思うわ。」
やはり、偶然などは一切ない。
これが夢でなければ、物語に登場する英雄達のように大きな力を発揮して苦難へと挑んでいくのだろう。
知らない世界への不安――、それに対する浮足立った感情は、これからの自分への期待によって薄れていた。
「30年ぶりに勇者が現れたと伝われば、人々は大いに沸き立つ事でしょうね。人間種にとって勇者は希望そのものなのだから……。」
そんな気持ちの変化を意識していた所に、彼女の言葉が追い打ちをかける。
脅威が拭えない状況において、一筋の光明が一層眩しく思えるのは当然だ。
人々は期待し、その光に陶酔していく事だろう。
「俺が……人間種の希望……。」
それは、渦中の光も同じだ。
今まさに込み上げてくる思いは、自身が特別な存在――、英雄に成れるかもしれない存在であると誇示したくなるような、そんな傲慢な感情――。
「これもすべて、そう成るべくして成ったと言う事なのか……。」
必然性は高い。
しかし、偶然である可能性が僅かでも残っている状況で、そう結論を急いでいるこの心境は、冷静に考えていながらも気持ちはどこか浮き立っている事が伺える。
右も左も分からない異世界にきてこの感情は命取りにもなりかねないが、話を聞く限り全く関係がないとは思えない。
「そうね。これまで私が見てきたことを踏まえても、偶然という事では片付けられないわ。」
これだけの一致を考えれば、必然ととらえるべきだろう。
それなら、俺に声をかけてきた彼女もまた、偶然声をかけた筈がない。
「それすらも必然……。」
自身の言動により気付かれてしまったと思ったが、恐らくは初めから知っていて近付いてきたのだろう。
これこそ偶然ではなく必然――。
ならば、このまま素直に別れるという事は無い筈だ。
「なら、今からあなたは、俺をどこへ連れていくつもりなんだ?」
展開を急ぐつもりはなかったが、必然への答え合わせと僅かな興味心から回答を求める。
「理解が早くて助かります。それでは、ベロックス国教皇府へとご案内いたしますね。」
問いに対し、彼女の綻んだ口元が正解を見せ、これからの行き先を告げたのだった――。