第64話 パラレル世界のベロックス国
第64話 パラレル世界のベロックス国
偶然知り合ったレイラの案内で、俺はベロックス国メルクトの町を一通り知ることができた。
「宿屋に雑貨屋に辻馬車と保安局……。他にも知りたい場所はあるかしら?」
一通りと言っても、すべての場所言う意味ではない。
これから先、必要になると思われる場所に限定してのことで、こちらからお願いしたわけでもないのに、彼女が上手く必要そうな場所だけを選んでくれたのだ。
「いえ、必要そうな所はすべて教えていただけました。本当にありがとうございます。」
ここまで気の利く人も珍しいだろう。
感謝の言葉以外、何も言うことなどなかった。
「お役に立てて何よりですわ。」
こちらの感謝に対しても、彼女は終始謙虚な姿勢を見せる。
最初に考えていた通り、物として何かを送ることはできないが、せめてもの礼として惨劇に巻き込まれない為の情報を送ることにした。
「何にお礼もできず申し訳ないです。ですが、代わりに情報を一つ……、もしも、今が栄転110年台なのであれば、アステイト王国に身を置いている方がいいと思われます。詳しくはお教えできないのですが……。」
歯切れ悪くなってしまったが、さすがにこれから起こることを説明するとなると、なぜ知っているのか、どこから来たのかと怪しまれるだろう。
多くの死者を出す2つの大戦から距離を置くように助言する、この程度であれば未来に影響は少ないはずだ。
「ご忠告、感謝しますわ。」
濁した形になったが、言えない事情を察するように彼女は納得を示す。
否、納得を示したかに思われたが、続けて発せられた言葉で、俺は認識を改めることになった――。
「栄転112年と言えば、カルバイン王国やローグリフ連合国が妖魔種と対立し、人魔大戦が勃発した年ですね。ですが、今は栄転の時代ではなく、新生の時代に入っています。」
過去の世界に転移したものとばかり思っていたが、どうやら違うらしい。
「新生?」
そして、年号も聞いたことのない年号であった。
「人魔大戦終結後、この世界は新生という新たな年号を設けたのよ。」
やはり何か違う。
俺が知りうる歴史では、人魔大戦終結後、カルバイン王国はゲイオン国と国名を改め、その数年後、ハイデンベルグ王国を亡国へ追いやった事でゲイオン国が大陸の覇権を握り、年号を新たに繁栄と書き換えたとあった。
「カルバイン王国が妖魔の軍を壊滅させ、ゲイオン国に改名した筈では……。」
あまりの衝撃に、考えが零れる。
その零れ出た言葉を拾い、彼女はこの世界での正しい歴史を言葉で示してくれた。
「いいえ。カルバイン王国の目論見は英雄達によって阻止され、妖魔軍もまた英雄達によって主犯が討伐されたのよ。国王を失ったカルバイン王国は崩壊し、独立したマナハイム国のリネ領が新たにリネ国を建国して吸収……。そして、生き残った妖魔達は大陸から遥か海を渡った東の地に住処を移したの。」
俺が知り得る歴史では、妖魔種を退けたカルバイン国国王、ゲイオン・カルバインこそ英雄であると記載されていた覚えがある。
それ以外に英雄の名は知らない。
対峙した相手である妖魔の名前も、歴史書に記載は無かったと思う。
「それじゃあ、ここは全く別の……。」
危うく異世界から転移したことを口にしてしまいそうになったが、寸前で思い留まった。
いや――、留まったかに思えたが、彼女はなぜか確信をもって言葉に続く。
「そう……、あなたにとって異世界という事になるわね。あなたがいた世界とは違う結末を迎え、その未来を行く別世界と言ったところかしら。」
意味深な発言をしすぎただろうか――。
服装の違いも要因かもしれないが、彼女は俺が異世界から転移したことを見抜いている様だった。
「そして、今は新生115年。新たな勇者が台頭する時代よ。」