第63話 転移先
第63話 転移先
歪な空間に取り込まれたかと思うと、俺は長閑な平原に立っていた。
「死んだ……、のか?」
そう言葉にしながら、手を握ってみたり、体を捻ってみたりと感覚を確かめる。
「いや……。どうやら助かったみたいだな。」
確かにある感覚。
それを確認し得て、俺は生きていることを悟った。
「だが、ここは一体……。」
先程までの切羽詰まった光景から一転し、どこか見覚えのある様で記憶とは一致しない長閑な景色に唖然と立ち尽す。
そこにあったはずの研究施設兼実家の痕跡はなく、近隣の建物から整備された道路や看板に至るまで、目視できる範囲ですべてがなくなっていた。
「爆発の影響で吹き飛んだとしても、こんなにもきれいさっぱり無くなる筈はないし……、環境音もどこか違う気がする。」
ここには機械音がまったくない。
道路を走る運搬車や軍の装甲車も見当たらないし、その道路があったという痕跡も残ってはいなかった。
小鳥のさえずりと緩やかに吹き抜ける風の音だけが耳に入り、元居た世界とは別の場所だと決定づけている。
そう――、ここは別の世界――。
あの爆発に巻き込まれたのか、歪の影響なのか――、俺は今別の世界にいるのだと確信するに至った。
「マオは……、逃げきれていたらこちらには来ていないだろうな。」
ふと、マオの事が頭によぎったが、安否の確認もしようがない。
元の世界に戻れるのかも判らないし、このままこの世界で暮らしていく可能性の方が十分に高くなるだろう。
右も左もわからないこの世界で、果たして生きていくことはできるのだろうか――。
「はぁ……。」
不安な気持ちを切り替えるために、俺は大きくため息を吐く。
「何にしろ、まずは情報からかな。」
そう言葉にして、俺は建物らしきものが見える方へと歩き始めた――。
しばらくして、俺は町に辿り着く。
「えーと……。アスバンから西へ向かったから、ゲイオン西部のメルクリム辺りだと思うんだけど……。」
道中の建造物や景色に見覚えはなかったが、遠くに見えたノーム山脈やハーモノス森林地帯によく似た景観は見覚えのあるものであった。
見覚えがあるということは、まったく別の世界というわけではないのだろう。
道路が整備されていない事や古風な建物しか目につかないことから察するに、元居た世界の過去にタイムスリップした説が濃厚だと考えていた。
「聞き込みをすればその内分かるかな……?」
考察が合っているかを確かめるべく、俺は道行く人に尋ねてみることにした。
「あら?見慣れない装いからして、遠いところからいらしたのかしら?」
声をかけようとした矢先、後方から逆に声をかけられる。
「ようこそベロックス国南部の町、メルクトへ。」
声の先へ振り返ると、少し古風な装いの女性がそこに立っていた。
「あ、やっぱりわかります?俺、さっきこの街についたばかりで……。」
情報を得る好機とばかりに、俺は話しやすいよう気さくに返答する。
「俺、レオルド・オブレイオンと言います。あなたはこの町の方ですか?」
「いいえ、私も別のところから来たの。でも、この町は一通り見て回ったから、簡単な案内ならできますわ。良ければ案内しましょうか?」
渡りに船だ。
この偶然を活かさないのはもったいない。
「それは助かります。何かお礼できるものがあればいいんですが……。」
せっかくの好意に何かお返しできればと思ったが、意図せず転移したため持ち合わせがないことに気づく。
こういった状況も想定すべきだったと悔いながら返答を待っていると、その不安な気持ちを察してか、女性は笑顔で返答してくれた。
「かまいませんよ。困ったときはお互い様ですから。」
そう言ってもらえたことがうれしく、勢いよく頭を下げる。
「感謝します!」
その態度が滑稽に見えたのか、女性はクスクスと笑いを零していた。
「申し遅れました。私レイラと申します。それではご案内いたしますね。」
そう言って歩き出すレイラの隣に並び、俺は案内を受けることとなる。
彼女が最初に言った、ベロックス国メルクト――。
歴史的に俺が知り得る知識だと、それは人魔大戦終結後の魔石兵器大戦で、ゲイオン国に吸収された町の名だ。
この時代が人魔大戦前――、或いは魔石兵器大戦前なのであれば、なるべくここにいない方がいい。
過去を変えることになるかもしれないけれど、案内を買って出てくれた彼女への礼として、ここが危険になることを伝えようと思った――。