第72話 初めての妖魔種
第72話 初めての妖魔種
旅馬車に乗ってネウス領から南南東の方角へ1日半進み、俺達はシューシ領の沿岸部に到着した。
沿岸部なだけあり漁業が主流なのだろう、御者台の窓から見える景色がそれを物語っている。
至る所に船が停泊しており、今朝獲れたであろう様々な種類の魚が並べられ、あちらこちらで売り買いが繰り広げられていた。
威勢のいい物売り声に交じり、談笑のような明るい住民の声も耳に届く。
「この町は特に活気があるな……。」
窓から見えた賑やかな光景に見とれていた為か、思ったことがつい声に出ていた。
「ここは隣国とも接していないし、リネ協定国第二都市のカルブイが近いからね。交易が盛んで他国の脅威も少ないからそうなったみたいよ。」
そう聞いたのだと言うような口ぶりで、ヨヅキから回答が返ってくる。
「リネ協定国に取り込まれる前、カルバイン王国の統治下の時は軍港としての要地であったみたいだけど、現統治者であるリネ家は妖魔種の魔王に次ぐ勢力である遊戯邸と密かに繋がりがあって、妖魔種からの脅威とも無縁となっている事も大きいわ。」
自分から尋ねたわけではないが、彼女は詳しく説明してくれた。
親切心で説明してくれているのは分かるけど、これから向かう先の事を考えると気が重くなる。
「それだけ安全なら、しばらくこの町に滞在してもいい様な気がするけど……。」
抗議を言葉に出してみてはいるのだが、彼女の方針は変わらない。
「彼に出会えなかったらそうなるけれど、私達を探知するアイテムを所持しているから直ぐに向かえると思うわ。」
期待を微塵に粉砕する、望まない返答内容に気持ちがげんなりする。
そんな雑談をしている内に、波止場が間近で見える所まで来てしまった。
「さてさて……、船着き場まで出てきたけれど……。」
合流予定地に差し掛かったのか、ヨヅキは旅馬車の窓を開けて身を乗り出し、周囲を隈なく確認する。
何かのトラブルで合流が延期になったりしないだろうかと、淡くも儚い、泡沫のような最後の希望に賭けようと思った矢先――、
「あっ……、鬼がいる。」
彼女の口から一番聞きたくなかった単語が告げられた。
「……えっ!なんで?」
ここは人間領域の筈なのに、鬼が攻めてきたとでもいうのだろうか――。
いや、それならもっと騒ぎになっているはずだ。
町の空気感は賑やかではあるのだが、悲鳴や緊迫感のある賑やかさではない。
「あっ、こっちに気付いた。」
状況を分析していると、更に展開は悪化する。
彼女が窓から身を乗り出している所為で目視できていないが、確実に危機は迫っている筈だ。
「いやっ、だったら逃げないといけないんじゃ……。」
そう告げたにも関わらず、全く逃げようとしない彼女やこの町の雰囲気は何なんだろう。
俺がいた世界とは違い、この世界では危機には挑めというのが常識なのかもしれない。
「どこに逃げるって?」
そんな事を考えていると、少し間をおいて質問が返ってくる。
「その鬼と対峙しなくて済む場所にだよ……って、あれ?」
そこで異変――、と言うか、その返答がヨヅキのものではない声色である事に気付いた。
よくよく思い出せば、声がしたのは上の方だった気がする。
「あーっと、つまりそれは、あたしから逃げようとしてるんだな。」
またしても旅馬車の天井から返答された。
「私達の上にいるわよ。」
混乱している俺にヨヅキが知らせてくれる。
「馬車を止めてもらうから、ユナも上から降りて。」
「あー、そうする。」
そう鬼に告げたヨヅキは、鬼からの返答を受けてすぐに御者台の前方へと向かい、運転手に事を伝えた。
御者台の揺れは徐々に小さくなって行き、間もなくして旅馬車は停止する。
「降りるわよ。」
淡々と告げられ、俺の心配は無残にも降り切られた。
そして、俺は人生初の妖魔種との対面を果たすことになる。
「あたしはユナだ。よろしくな。」
ポニーテールの紫色の髪に、アメシストのような瞳。
ベリーダンス衣装のような露出度高めな装いからは、褐色の肌が覗いている。
注目すべき部位であるそこには、豊満な二つの膨らみが絶景の渓谷を造りだし、眼福の世界が広がっていた――。




