第69話 勇者の旅立ち
第69話 勇者の旅立ち
旅立ちの日――。
「ここに集いし勇者を補佐する者達よ……、。勇者の飛矢にして堅盾ともなる、勇敢な諸君らにロザリオの祝福があらん事を……。」
拝殿宮にルオルエルの野太い激励が響き、それに呼応する、勇者に随行する50名の兵士達が歓声と決意の咆哮で建物が震える。
兵士達の覚悟とその光景に、俺は一段と身が引き締まった。
そして、拝殿宮を出発し、町の中央へと差し掛かる。
すると、そこには大勢の民衆が押しかけており、勇者一行の一団に声援を送り続けていた。
「勇者様、どうかこの光景を覚えていてください。」
声援の中、近くにいた兵士の一人が強張った表情で耳打ちする。
「恐らく私は二度と見ることは叶いませんが、勇者様がご帰還された時、出立のこの光景を思い出してほしいのです。」
二度と見ることは叶わない。
彼が口にした言葉から、魔王討伐は容易な事ではないと改めて自覚する。
何とかなるだろうと、決して安易な気持ちで臨んでいる訳ではないが、名も知らぬその兵士の言葉が一層気持ちを奮い立たせた。
俺はこの光景をもう一度見なくてはいけない。
いや、俺だけじゃなく、この一団全員でこの景色を見るべきだ。
「それなら一緒に見よう。魔王を倒し、全員で帰還するんだ。」
その思いが言葉となり、名も知らぬ兵士に伝わる。
「仰る通りですね。皆でもう一度、この光景を見ましょう!」
勇気づけられた兵士の表情は晴れていた。
その思いが皆に伝播したみたいに、一団の視線は少しばかり上へと向き、足取りは力強くなっていく。
民衆の声援に手を振り応えている内に、気付けば一団は町の外へと出ていたのだった――。
それから数日――。
十分な支援金を持たされていた為、魔王討伐に向けての旅は順調であった。
町の外に準備されていた旅馬車に乗り、立ち寄る町々では休憩や食事を摂り、夜になれば宿泊所で眠る。
妖魔領域へ着くまではこの調子で続くとの事だった。
「俺の思っている遠征とかなりかけ離れているな。」
つい、思ったことが口に出る。
そう口にした時、遠征のプランを伝えてくれた兵士も、俺に頷いて同意を示した。
「私もです。流石に国同士の戦争であればそうもいきませんが、敵との距離が離れているためか、この遠征が過酷なものになる事を考慮して、教皇様が配慮してくださったのでしょう。」
いざ魔王との決戦となれば、多くの兵士が命を落とすことになるだろう。
全滅も免れない。
つまりこれは、決死の覚悟で挑む者達への、少しばかりの労いを込めての措置なのだと俺はそう理解した。
そんな話を交わしてから数日――。
ローグリフ連合国の領地から出て、北にハイデンベルグ王国、南にリネ協定国を臨むノースリア平原に差し掛かった。
元居た世界では死地とも呼ばれる激戦地で、兵士以外が踏み入ることはない。
妖魔種が存在するこの世界では、どうやら2国間による戦争は起きておらず、戦地になってはいないようだった。
「妖魔種が存在している事で守られている平和もあるんだな……。」
誰もが悪として認識している妖魔種だが、ここにきて初めて悪いことばかりではないと気付かされる。
「それは違います。妖魔種が存在した事で失われた命の数は多い。奴らがいなければ、私の父は……。」
ふと思ったことを口にしたのだが、どうやら兵士達の価値観に対してはよくなかった。
「すまない。俺の故郷の世界の話だから、気にしないでくれ。」
謝罪をし、今後の関係性に歪が生じないよう取り繕う。
「そうですか。ですが、奴らさえいなければ……、同じ人間種同士であれば今のように手を取り合えます。真の平和は奴らを倒さないと訪れません。」
一応こちらの失言は理解してもらえたようだ。
だが、頑なに妖魔種は悪であるという姿勢は変わらない。
そう洗脳されているかのように、別視点に対してすごく拒絶を示していた。
実際、俺の居た世界は妖魔種が全滅した歴史を辿っている。
その世界で――、人間種のみとなった世界で、隣接する国々が互いに手を取り合うような結果にはなっていない。
その事実を今の彼らに伝えても理解は到底できないだろう。
妖魔種を滅ぼしても、今度は人間種同士の戦争が待ち受けていると知るのは、苦痛を上塗りするみたいなものだった。
「全員一時停止!不審人物の接近を確認!」
そんな話をしていると、前方から緊急の知らせが入る。
「帯剣を確認!念のため戦闘の準備に入れ!」
どうやらその不審者は武器を持っているらしい。
一瞬にして一団に緊張が走る。
「何が起きているんだ?」
俺は状況が気になり、立ち止まる兵士達の間を通りながら前方へと向かった。
そして、ある程度前方へ進むと、不審人物とされる者との会話が耳に届く。
「だからそれは言えない事情があって……。」
女性の声だった。
「ならこれ以上話すことはない!全員、この不審人物を捕らえよ!」
しかし、その言葉を遮るようにして、兵士の戦闘の合図が告げられる。
兵士達は直ぐに剣を抜き、その女性を囲むように展開するのだった――。




