真の勇者
茜色に染まったソロネの空に一振りの聖剣が弧を描きながら舞った。
弾かれたエクスカリバーがショーワルド・ロックに再び突き刺さる。
全身全霊を使い果たしたエリはその場でがくりと膝をついた。
深淵の闇を纏った死と破壊の神子は氷よりも冷たい視線でエリを見下ろしていた。
「勝負あったな」
アドラは黄泉の門を閉じると再び結界を張り直す。
戻った氷炎の双眸ですぐに辺りを見渡す。
「制御しなければ国ごと滅ぼしかねない今の一撃を完璧に相殺された」
「いや、完璧ではないさ」
いってエリがアドラの剣を指さす。
アンサラーはアドラの 《抹殺の悪威》 の威力に耐えきれず、まるで消し炭のようになって崩れ落ちた。
「アンサラーなしではもう闘えない」
アドラは拳を握りしめ天を大きく仰いだ。
「……おれの負けだ」
敗北の悔しさは震えるほどだけど、すぐにそれ以上の喜びで上書きされる。
自らの暴走を止められる真の勇者がここに居るのだから。
彼女がいてくれれば自分は力に狂わずにいられる。
魔物ではなく人のままでいられるのだ。
だから二度めの敗北も潔く受け入れられる。
「ちょっと待て」
ところがこの判定に不服を漏らす者がいた。
「生殺与奪の権利を握られたこの状況でなんで君の負けなんだ。どこからどう見たって私の敗北だろうに」
勝者であるエリ本人だ。
力勝負で圧し負けたのがどうしても気に食わないらしい。
「あなたが今そうなっているのは、おれの魔気をすべて真正面から受け止めたからだ。その気になればどうとでも捌けたはずなのに」
「私は君の本気をすべて受け止めると宣言した。それが為せなかった以上、私の敗北は決定的だ。ここは潔く受け入れようではないか」
「いや……そういう謙遜はいいですよ。あなたの方が上だということは剣を合わせた自分が一番よく理解している」
「逆だろう。あれほどの一撃を放ってなおその余裕、君の異次元の魔力は間違いなく私を凌駕している。こうして膝をついているのが何よりもの証拠だ」
「……もうほとんど回復してるくせに」
「回復するまでもない君がいうか。とにかくこの勝負、私の負けだ」
アドラは眉間にしわを寄せる。
潔く敗北を認めて気持ちよく去ろうと思っていたのに水を差された気分だ。
「おれの負けですよ。結局あなたの聖剣には傷ひとつつけられなかった」
「いいや私の敗けだ。エクスカリバーは君の魔力をわずかでも脅かすことができなかった」
「……聖王が魔族に負けたとあらば国を揺るがしかねない一大事でしょう?」
「そちらこそ私に負けたらソロネ王になれないぞ。戦争を止められなくていいのか?」
「いい加減しつこいな! おれの負けでいいっていってるのに!」
「そっちこそしつこいぞ! 私が負けたといったら負けなのだ! この国では私が絶対だぞ、私の裁定に従え!」
不毛でくだらない言い争いが延々と始まってしまった。
さすがにしょうもないと思い始めたアドラがストップをかける。
「ではこうしましょう。この勝負、どちらも勝ちということで」
「うむ。いささか不本意だがこの際しかたあるまい」
両者ともに勝利者ということは、互いの言い分を飲み合うということ。
すなわち――
「エリ……あなたの勇気を信じておれのすべてと世界の命運を賭ける。今はまだ制御もおぼつかないけれど――この魔力、いずれ完璧に使いこなしてみせる」
アドラは膝をついたエリに手を差し出す。
「それでこそ今代のソロネ王――人類の代表だ。初代聖王の聖力ですらサタンに止めを刺すこと敵わなかった。おそらく私でも駄目だろう。だからこそ私は神託に賭ける。万物に等しい死を与える君の魔力で、不死不滅の邪竜に永遠の安息を」
差し出された手をエリは固く握り返した。
太陽が沈む。一日が終わる。
夕暮れ時の柔らかい光が二人の勝者を優しく包み込む。
悠久の昔、初代聖王エリと英雄ジークフリーデがそうしたように、二人は種の壁を越えて握手を交わした。
そして歴史は繰り返す。
否、違う。これは永く止まっていた時計の針を動かすためのもの。
次の伝説の幕開けなのだ。
さあ、あの日の続きを始めよう。
すべての因縁に決着をつけるために。
「ようこそソロネへ。私の勇者よ」
真の勇者とは神託を受けた選ばれし者のことではない。
恐怖を乗り越え一歩前に進む者のこと。一握りの勇気持つ者のことだ。
禁忌の力への恐怖を乗り越え、未来を掴む手段を模索し始めたアドラは今、勇者の資格を得た。
勇者大国ソロネは、アドラを悪魔として冷たく拒絶するのではなく、新たな勇者として温かく迎え入れたのだ。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます!
ここで第二部完結となります
第三部からは新たな大陸へと進出し新たなライバルたちと邂逅します




