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邪竜を討て!

 エリのとんでもない提案が飲み込めず、アドラはしばらく呆然としていた。

 彼女が何を考えているか理解すると今度は乾いた笑みが浮かんでくる。


「笑えないジョークだ」

「冗談ではない。君の抱えている問題のほとんどはサタンを斃せば解消される。考えたことが一度もないとはいわせないぞ」


 なるほど確かにエリのいうとおり、サタンがいなくなればリー家もレイワール家も永き使命から解き放たれて自由になれる。

 アドラが第二の英雄となればメノス家の面子も保たれ、少なくとも魔王軍に攻め滅ぼされるという事態は回避できるだろう。立ち回り次第では第二の魔王になることも可能かもしれない。


 そして何より魔界の在り方そのものが変わる。

 邪竜の脅威による閉塞感がなくなり魔界の民の心にゆとりができる。地上との交流も容易になり、生活もきっと今よりもっと穏やかになる。魔界が平和になる。

 確かに良いこと尽くしだ。悪いことなどひとつもない。


 ――無論、できたらの話だが。


「全人類が総力を尽くしてなお殺しきれなかった化け物の中の化け物を、おれ独りでどうしろっていうんですか」

「独りでやれとまではいわない。勿論私も手伝うさ」

「たった二人でどうしろっつうんだよ!」

「できないか?」

「当たり前だろ!」

「私はできると思っている」


 アドラは鼻で笑った。

 夢見る乙女の戯れ言には付き合いきれない。


「考えてみろ。サタンは今、氷漬けになって身動きがとれない。つまり、こちらから一方的に攻撃が加えられる。こんな好機またとないと思わないか?」

「藪蛇ってことわざ知ってますか? こちらから攻撃を加えて結界が解けたら一巻の終わりだ。次はもう勝てない」

「なぜそういいきれる。サタン封印から一万二千年。邪竜やつは停滞し人類われらは進歩発展を続けた。力関係が逆転していてもおかしくはない」

「リー家が保存する過去の記憶を視たうえでいってるんでしょうね! 一息で島ひとつ消し飛ばすような奴を一体どうしろっつうんだ!」

「だから私は独りでは往かず、君がここに来るのを待ち続けた」


 大陸特有の突風が二人の間を吹き抜けた。

 突風は渦巻き旋風となり粉塵を巻き上げる。

 この地を守護する英霊たちが「早く闘え」と急かしているかもしれない。


「かつて神託があった。近い将来、新しき英雄が私の前に現れ、私の望みを叶えるであろうと。それが君であると私は信じている」


 エリは腰より聖剣 《リントブルム》 を引き抜きアドラに突きつける。


「私の望みは忌まわしき過去の因縁すべてに決着をつけること! そのために今日まで力を蓄えてきた! 君がもし私が望む真の勇者であるならば、今この場で私を越えられるはずだッ!!」


 突きつけた剣を今度は高々と掲げる。

 剣先から放たれる天をも貫く神々しい聖気。

 その勢いたるや初対面の時とは比較にならない。


 真に驚くべきはこれですらまだ本気とはほど遠いであろうということ。

 自信に満ち溢れたエリの顔を見ればそれは確信できる。


 なんという力だ。なんという怪物か。なんという勇者だろうか。


 アドラの全身は激しく震えていた。


 恐怖ではない。

 畏れすら覚えるほどの大きな『希望』で。



 もしかしたら!


 もしかしたら!!


 もしかしたら!!!


 もしかしたら!!!!



 本当に届きうるかもかもしれない! その勇気が!! サタンの喉元にっ!!!



「ようやく火がついたな。それでこそ世界の――いや私の勇者だ」


 気づけばアドラはアンサラーを引き抜いていた。

 サタンとは無関係に己の力がどこまで通用するか試したかった。


 この地上最強の勇者と互角に渡り合えるのであれば、もしかしたら自分を――



「では始めよう。これが私が君に与える最終試練だ! 見事乗り越えてみせよ!」



 すでに問題はソロネ一国の内政事情を遙かに越えていた。

 後の世界の行く末を決めるであろうソロネ王継承の儀が今、始まる。

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