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王の試練 三次選考

 謁見の間に通されてまず目を奪われたのは視界に収まりきらないほど広大な壁画。

 そこに描かれしは神々しくも禍々しき二柱の神々。


 太陽神ラース。

 鳥の頭に月桂冠を乗せ、人の身体には純白のローブを纏い、神杖を高々と掲げている。


 月星神ネメシス。

 三本の腕と深紅の単眼、漆黒のドレスで枯れ木のような身体を包み、八つ又の槍をラースに向ける。


 ――『真神戦争』。


 七日七晩続いた二柱の争いを描いたとされる壁画だ。

 この戦いに勝利したラースは父なる大地エルエリオンとなり、敗北したネメシスはバラバラに砕かれ地の底に沈み魔界サタンランドとなった。


 有名な世界創造の神話だ。

 出典はサタンショック後に記された聖書 《ソロアスター》 とされている。

 よってソロアスター教を国教とするソロネの城壁に描かれていてもまるでおかしな話ではない。


「まずは厳しい選考を勝ち抜いた両名の健闘を讃えよう」


 壁画の下に置かれた神々しい玉座。

 そこに座りしソロネの頂点――聖王エリはすくと立ち上がり、膝をつき頭を垂れるアドラたちに向かって拍手した。


「頭をあげよ」


 許可を得て立ち上がったアドラは周囲を確認する。

 高級そうな鎧を着た騎士たちが左右にずらりと整列している。おそらく謁見の間への立ち入りが許可された第二級聖騎士セカンドだろう。

 彼らの前に立っている四名の騎士は第一級聖騎士ザ・ファーストだ。シルヴェンも参列しておりアドラに向かって小さく手を振っていた。


 しかし――だったらなぜ四名だけなのだろうか。

 第一級聖騎士は総勢一〇名いるはずだが――


「ちょっとパメラちゃん、第一級が四人しかいないじゃない! 他の五人はどうしたの!?」

「どうも召集をドタキャンしたようですね」

「またかァ! 今すぐ首根っこ掴んで連れてこい!」

「無理です。団長だってそれはわかってるでしょう」


 オズワルドが眼鏡をかけた女騎士と何やら口論を始めた。

 話の内容を聞くに第一級聖騎士はかなりのろくでなし集団だとわかる。

 団長のオズワルドもさぞ胃が痛いことだろう。


 祭典欠席など騎士にあるまじき体たらくだが、彼らを束ねる王であるはずのエリもまったく気にしていない様子。それどころか青筋を立てて怒るオズワルドを見て楽しそうに笑っていた。


「落ち着けオズワルド。いつものことじゃないか」

「いつものことじゃあかんでしょ! それもこれも聖王、貴女がきちんと騎士たちを統率していないからですよ!」

「私はそういうのは苦手でなぁ。放任主義はやはりいけないかな」

「いいわけないでしょ! 組織をまとめるのが苦手だったらさっさと結婚して正式なソロネ王を迎えろって話です!」

「うむ。そのための選考だからな。がんばってくれたまえ」


 オズワルドは歯ぎしりするがそれ以上は何もいわずに引き下がる。

 同じ中間管理職であるアドラはオズワルドに種の垣根を越えた親近感を感じざるをえなかった。

 まさしく地上の親友ともである。


「それではこれより第三次選考『勇者の試練』を始める。各々しかと聞くがいい」


 ソロネ王の試練、三次選考試験。

 聖王直々に下される勇気を試す試練。

 その内容は歴代聖王によって様々だ。


 ある者はソロネの奥地に隠遁する虹竜の鱗を持ち帰りその勇を示した。

 またある者は民草の支持により真の勇者の資格を得た。

 狩猟か、あるいは民意か、はたまたそれ以外か、いずれにせよ敵地であるアドラには圧倒的に不利な条件に違いはない。


 もちろん勝算がないわけではない。

 オズワルドが人脈を頼るというのであればアドラにも頼れる仲間たちがいる。


 魔界最強の武術家ガイアス。

 エクスシアの天才魔導師オルガン。

 瞬間転移の達人サーニャ。


 わずか三名だが各分野の熟練者エキスパートたちだ。

 どんな条件だろうと必ずや対応してくれるはず。

 少なくとも勝負にはなるはずだ。


「私の考える勇者の条件とは三つ。『武術』『智慧』『仁愛』だ」


 エリは厳かにいった。

 あんたは全部持っとるんかいとアドラは思ったが口には出さなかった。

 抑制と制御である。


「武術は第一次選考で、智慧は第二次選考で示された。ではこの第三次選考では仁愛が試されるべきであろう」

「お言葉ですが聖王陛下」


 オズワルドがエリに口を挟んだ。

 王と騎士団長という親しい関係なので気安いものである。


「仁愛などという形なきもの、一体どのように示せばよろしいのでしょうか」

「形なきものを形にする。それが今回の試練だ」


 オズワルドが首を傾げた。

 こればかりはアドラも謎だ。

 形がないといえば勇気もそうだが愛はそれよりもっと形にしにくいように思える。

 まさかこの場で自分への愛をうたにしろとでもいうのだろうか。


「先日な、とある孤児院から資金援助の申し出があったんだ。衣服も買えずこのままでは今年の冬が越せないとね。だが国としては軽々しく金を出すわけにはいかない」

「そりゃそうですよ。勝手に国家予算を使わないでくださいね」

「そこで私は考えた。金が無理なら現物支給すればいいじゃないかと」

「……は?」

「というわけで現在、城中の布地をかき集めて城外の倉庫にまとめて置いてある」

「ま、まさか……」

「子供用の服を縫ってくれ。先に五〇着縫ったほうを勝利者としよう。それが今年の勇者の試練だ」


 想定外すぎるこの選考方法にはさしものオズワルドも唖然とした。

 当然ながらエリに食ってかかる。


「針仕事なんてメイドのやることでしょ! 勇者の試練には相応しくない!」

「うちはメイドも武門の出で、針を持つよりモーニングスターを振り回すほうが得意だと知っているだろう」

「それは私とて同じです! 武の道しか知らない私に裁縫など出来るわけがない!」

「いやいや、本当に子供たちのことを想えばきっと出来るはずだ。どうしても無理だというのなら助っ人を呼んでもいい。使い物にならん服を縫われても困るしな」

「くそったれ! 一時の事情でいい加減に試練の内容を決めるんじゃねぇよ!」

「口が悪いなぁ。試練の内容は私が決めていいのだから、おまえにとやかくいわれる筋合いはない。嫌なら棄権してもいいんだぞ。ここから先は業務外だ」


 怒りで青筋を立てながらもオズワルドはその条件を承知した。

 謁見の間を出てすぐ部下に命じて国中の仕立屋に召集をかける。

 仕立屋を頼るであろうアドラを妨害するための計略だ。



 その間にアドラは城を出て倉庫に入り、目にも留まらぬ早さで子供用の服、計五〇着を縫ってエリに献上したわけだが。



「素晴らしい出来映え。勇者の試練、見事合格だ」

「できればきちんと採寸してから縫いたかったですよ。アンダーも縫いたいので今度孤児たちを紹介してください」


 センスはイマイチだが裁縫に関しては熟練者エキスパートのアドラにとってこの程度のことは朝飯前だった。

 芸は身を助ける。人生どこで何が役に立つかわからないものだ。

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