オズワルド・リー
呆れるほどに長い赤の絨毯の上をアドラは決して音を立てないよう静かに歩く。
謁見の間に続く廊下はどの城も無駄に長い。
イスマルク城は謁見者に聖王像を見せるという明確な目的があるのでまだ理解できるのだが――
アドラは右手に視線を向ける。
高名な彫刻家に彫らせた歴代聖王の石像。
非常に匠で芸術的ではあれど、皆似たような格好で今ひとつ面白味に欠ける。
この辺の機微はやはり天才ルルロラには及ばないとアドラは思う。
もっとも面白味があってはいけない代物なのだろうが。
次にアドラは左手に視線を向ける。
「アドラさん、二次選考トップ合格おめでとうございます」
選抜最難関とまでいわれる二次選考。例年ここですべての婿候補が脱落するのだがなんと今年は二人も通過者がいた。
一人はもちろんアドラ。そしてもう一人が今、隣に居るこの男だ。
「私など試験の作成に関わった経験もあるにも関わらずギリギリでしたよ。いやぁ今年は特に難しかった」
「ああいうのは難しいっていいませんよ。意地悪っていうんです。おれならもっと面白くてためになるテストを作りますね」
短い黒髪をオールバックにまとめた人の良さそうな中年男性。年齢は四十代前半といったところだろうか。
質素に見えるが良い生地を使ったセンスのいい服を着ているところから、実はかなり身分の高い貴族なのではと予想できる。
一番の特徴は鼻の下のチョビ髭と右目の眼帯だ。
どこかで見たことがあると思ったら、武闘大会予選で長ったらしい独り言をいっていたおっさんだった。
「あなた、大会参加者だったんですね」
「そりゃそうですよ。私のことを何だと思ってたんですか」
てっきり審判だとばかり思っていたアドラは苦笑いを浮かべた。
彼もアドラと同じく途中棄権していたので、こうして城で顔を合わせるまで知らなかったのだ。
「今までずっと観察していましたが、アドラさんは強くて賢くて人柄もいい。今代のソロネ王に相応しい器だと思います。私も同じ立場でなければ全力で応援したいところなんですけどねぇ……」
「あまりこの選抜に乗り気じゃないような発言に聞こえるんですけど」
「そりゃそうですよ。私にはすでに最愛の妻がいますから。あんなじゃじゃ馬娘の相手なんて国をもらっても御免です。あなたに熨斗をつけてくれてやりたいぐらいだ」
「だったら何しにここまできたんですか」
「そりゃもちろん仕事ですよ。お仕事」
チョビ髭親父はそこで足を止めて、恭しくお辞儀をする。
「申し遅れました。私の名はオズワルド。ソロネ聖騎士団の団長を任されております」
意外な大物が身近にいたことにアドラは軽く驚く。
第一級聖騎士主席 《伝導者》 オズワルド・リー。
アーチレギナにいてその名を知らぬ者はいない。
「ソロネ最強の聖騎士がなんでこんな試験に参加してるんですか」
「他の騎士たちに問題がありすぎるから消去法で団長をしているだけで、別に最強ってわけじゃないんですけどね。さっきもいいましたけど仕事ですよ仕事。聖騎士団に変な人が入ってきても困るんで監視して間引いてるんです」
武闘大会の上位者には聖騎士になる権利が与えられる。
ただ参加者の質は年によってピンキリで力及ばぬ者が入団することも多々ある。
そのような事態を防ぐために毎年数名の聖騎士が大会に参加して、本戦出場者の質を確保しているのだ。
「だからって団長自身がやらなくても……」
「しょうがないんですよ! 第一級にも第二級にもこういった仕事を任せられるような聖騎士がいないんですから! シルヴェンさんを見たでしょう! 客席に被害を出したりいきなり神雷をぶっ放したり! まったく、入団条件が神雷だけってのが問題すぎるんです!」
「はぁ。神様に選ばれた正義の勇者様たちなのに結局そんなんですか」
「そりゃそうですよ。トップの聖王からしてかなりアレな性格してますからね」
なるほどそれはすごい説得力。激しく同情せざるをえない。
「その点、今年第一級聖騎士として入団予定のダラクくんは、大分まともそうで助かりますよ。実力も申し分ないし、将来的には私の後釜でしょうねぇ」
あれでまともなほうだとか確かに魔王軍顔負けのヤバい組織のようだ。
地位と名誉と金をもらっても入りたくはない。
「はぁ……せめてあなたがソロネ王になってくれたら、聖騎士団ももうちょっとはマシになると思うのですけどねぇ……」
「だったら譲ってくださいよ。あなたのお仕事はもうおしまいでしょう?」
「それがそういうわけにもいかない。私にも事情というものがある」
要するに――次のエリの刺客はあなたってわけですか。
納得したアドラは頷いた。
相手にとって不足はない。今回も全力でぶつかるのみだ。
「私がこうして足を止めて話をしているのは、閻魔の御子息であるあなたにその事情を打ち明けたかったからです」
「もうみんなに素性がバレてるんですね。ええ、おれで良ければ何でも聞きますよ」
「ありがとうございます。まず最初に知ってもらいたいことは――」
オズワルドは話しながら眼帯を外す。
「――私とあなたが、同じ宿命を背負って生きているという事実です」
眼帯の奥に隠れていた瞳は白と黒が複雑に混ざり合い奇妙な文様を描いていた。
それを見たアドラは戦慄する。
――結界魔法ッ!!!
それもただの結界魔法じゃない。アドラの氷炎結界すら遥か上回る超々高等結界だ。
その技術は魔を越えて半ば神の領域に踏み込んでいるのかもしれない。
「この瞳を見ただけでその顔……やはりあなたに見せて正解だった」
アドラの泣きそうな顔を見たオズワルドは嬉しそうに笑った。
「おれにはその結界がどのような性質のものかまではわかりません。でもその高度すぎる結界魔法を見ればあなたの歩んだ人生がどれほど辛く苦しいものだったかは容易に想像できる。おれと同じだなんてとんでもない」
「確かにそうかもしれない。あなたの結界が愛で出来てるとしたら私の結界は呪いだ」
オズワルドは聖王像の前まで歩くと、そこでアドラの方に向き直る。
「お見せしましょう。私に架せられた『呪い』の正体を」
吸い込まれるように美しいモノクロームの瞳。
――否、本当に吸い込まれている!
眩い光に包まれたかと思うと、いつしかアドラの意識はオズワルドの結界に吸い込まれていた。




