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王の試練 二次選考

 石畳を叩く馬蹄の乾いた音が蒼天に吸い込まれていく。

 貴族専用の馬車がアーチレギナの公道を悠然と進んでいく。

 車内にはアドラが物憂げな顔で座っていた。


 城内で行われるソロネ王の試練二次選考――そのための召集なのだが、今ひとつ気分が上がってこない。


 理由は随伴しているシルヴェンの存在だ。


「ねえダーリン。子供は何人欲しいですか?」


 婚約を承諾して以来シルヴェンは四六時中アドラにくっついてきた。

 こうしている今もアドラの腕に手を回して子猫のように頭をこすりつけてきている。

 ちなみにこの馬車は彼女が手配したものだ。


「……シルヴィ。もう一度忠告しておくけど、君のその感情は一時のモノにすぎないと思うんだ。真実の愛じゃない。後できっと後悔することになる」

「永遠の存在モノなどありません。恋愛というのは一時の熱情というのが真実です。だからこそ激しく燃え上がり、女はその瞬間に生命をかけるのです」


 じゅ……12歳でもう女を語るのか……っ!


 2000年以上生きていても何も語れない男は恐れ慄き狼狽するしかない。


「突然の婚約に困惑するダーリンの気持ちは理解できます。でも安心してください。愛を育む一番の要素は利益です。これからもあなたに数多の利益を提供し続けて、いずれは私なしではいられないって思うようにしてみせますから」

「いやそれはちょっとどうかと……」

「外見の好みや世間体も時間が解決してくれます。5年後には姉様以上の絶世の美女になる予定ですので、それまでお待ちください。大丈夫、魔族のあなたからすればほんの瞬き程度の時間ですよ」


 説得の言葉を息つく暇もなく放り込まれる。アドラには反論する暇すら与えない。

 この齢でこの計算高さ。末恐ろしい少女だ。

 尻に敷かれる未来しか見えない。


「では名残惜しいですが私はここまでです。ダーリンのご健闘をお祈りしています」


 シルヴェンが丁重にお辞儀をして馬車から降りたアドラを見送る。

 アドラは愛想笑いを浮かべながら手を振り、衛兵に連れられ城内へと導かれた。


 ――た、助かった……っ!


 シルヴェンの姿が完全に見えなくなってからアドラは大きく息を吐いた。

 激しい戦闘を終えてようやく解放されたような気分だ。むしろここからが本番なのだがつい気が抜けてしまう。

 心に余裕ができたアドラは、そこでようやく現状を確認することができた。


 イスマルク城。

 アーチレギナの中央に構えるソロネ唯一の城。

 ソロネでは聖王以外に城を持つことは許されない。よって城主は当然聖王エリだ。

 1000年以上の歴史を持つ由緒ある城だそうだがさすがにこれは眉唾モノ。とはいえ城壁の劣化具合や内装の痛み具合を見る限りそうとうな古城ではあることは間違いない。贅をこらした豪華絢爛な城より趣があってアドラ好みだ。


 二次選考はこの城内にて行われる。

 ぶっつけ本番の一発勝負。負ければ魔界に未来はない。

 しっかりと状況を把握し緊張感を取り戻したアドラは城内の書庫へと通された。


 アドラの視界に広がる無数の本棚。

 そのすべてが市販されていない古書だという。

 ソロネの歴史のすべてがここに詰まっているのだ。

 本の虫であるアドラは目を輝かせる。


 片っ端から古書を読み漁りたいところだが、今日ばかりはそうもいかない。

 室内にはすでに一次選考を勝ち抜いた三人の勇者たちが待機していたからだ。

 アドラの顔を見るとその中の一人がすぐに話しかけてきた。


「にゃっははー。アドラくんおっすおっす」


 異様に陽気なこの男。誠に異様なのはその相貌。

 引き締まった細身の身体。爛々と輝くアーモンド型の金色の瞳。頭に目を向けるとツンと立った獣の耳。

 どこからどう見ても魔族だ。おそらく化け猫の類だろう。


 にも関わらず、全身を包むのは明らかに聖力。

 腰に携えた標準サイズの剣も間違いなく聖剣。

 つまり彼は魔族でありながら勇者なのだ。


「魔族が勇者なのがそんなに変かにゃ」


 内心をあっさり見透かされアドラは苦笑いを浮かべる。


「正確にはおいらは魔族じゃなくて人間と魔族のハーフだからにゃ。どっちかといえば人間の血のほうが濃いから勇者に選ばれたんだろうにゃ」


 猫男は笑ったまま手を差し出す。

 アドラは多少困惑しながらもその手を取った。


「おいらの名はダラク。プリンシパリティの勇者にゃ。あんたと闘えるこの日を楽しみにしてたにゃ」


 ダラク・アヴェントス。

 世界第五位の大国プリンシパリティ出身の若き勇者。

 そしてソロネ武闘大会の今年度覇者である。


「お世辞でもチャンピオンにそこまでいわれるなんて光栄です」

「そっちこそ謙遜して騙し討とうとしても無駄にゃ。シルヴェンとの仕合を観てあんたを軽んじる奴なんておらんにゃ。おいらも久々に高ぶってる」


 ダラクの猫の眼がギラリと怪しく光った。

 同時に纏う聖力に邪な魔力が混じる。

 にわかには信じ難い話だが、彼は勇者でありながら魔力をも操るのだ。


「あんたが棄権したときは正直ムカっ腹が立ったにゃ。おいらと闘う前に勝ち逃げしやがってってにゃ」

「勝てないと判断したから棄権したんです。負けは潔く認めていますよ」


 ライバルの試合はすべて観戦しているアドラはダラクの強さをよく知っている。

 ただでさえ俊敏な動きを魔術で更に強化し、強力な神雷を剣に付加エンチャントして闘うそのスタイルはいわばアドラの上位互換。たとえ棄権していなくとも敗北は必至だった。


「あんたが納得しててもおいらが納得せんにゃ。今日は絶対に逃がさにゃいで。どっちが最強か、ここで雌雄を決しようにゃ」

「勝負はもう決まってますよ。ダラクさんの勝ちです。あなたが今年度の武闘大会チャンピオンだ。それ以外の決着はありません」


 アドラはハッキリと言い切った。

 ダラクは不満げに鼻を鳴らす。


「ふん……まあええわ。聖王の婿になる気ならどのみち闘うことになるんだからにゃ」

「なりませんよ」

「まさかこっちでも棄権する気かにゃ?」

「そうではなく、ここから先の選考に直接的な戦闘行為はないんです」


 ダラクは猫のように大きな眼をますます大きく見開いた。


「……どゆこと?」

「知らないんですか? 一次選考の武力審査ぶとうたいかいはもう終わったんです。例年通りなら次は知力審査です。だから皆さんこうして書庫に集合してるんです」

「いや、だって最後は聖王と闘うんにゃぞ。一番強い奴が残らんでどうすんにゃ」

「おっしゃる通りですが……その辺はルールなもので、飲み込んでください」


 ソロネ王の試練、二次選考は知力審査。

 語学。算術。歴史。作法。4種の教科のテストを受け、そのすべてに合格した者だけが三次選考へと駒を進めることができる。

 合格ラインは80点以上という非常に厳しいものだ。


 一日がかりで行われたこの難関試験、しかしアドラは当たり前のように全科目満点フルマークで通過した。

 魔界と地上の文明レベルの違いもあるが、彼自身が徹底的な英才教育を受けて育った秀才であるというのが大きい。歴史だけは少し怪しかったのだが、そこもシルヴェンの援助によって補完できている。必然の勝利といえた。


 一方ダラクは全科目0点だった。

 プリンシパリティの文明レベルが低いということもあるが、彼は戦闘面以外はからっきしのアホだった。


「こんにゃんわかるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああっっ!!!」


 ダラクは羽ペンを握り潰して吼えた。



 プリンシパリティ最強の勇者“戦闘の天才”ダラク・アヴェントス――二次選考で散る。



 そもそもこういう戦闘馬鹿を振り落とすのが目的なので仕方がない。

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