祝勝会③
「アドラ様の一次選考突破を記念して、カンパーイ!」
サーニャの音頭に併せて一同乾杯する。
寿司屋に居るので酒はない。湯飲みにお茶だ。
武闘大会終了後、四天王ご一行は再び寿司屋『タコ八』で祝勝会を開いていた。
惜しくも優勝は逃したが選考さえ突破できればそこまで問題はない。
目的達成まであと二歩――いや三歩か。いずれにせよ不可能だと鼻で笑われていた頃を思えば大躍進だ。
故にめでたい。めでたい席であるはずなのだが……本日は羽目を外すことができない理由が存在していた。
アドラはもちろんガイアスもオルガンもどう対応していいかわからず微妙な顔をしている。平常運転なのはサーニャだけだ。
「私のことはあまりお気になさらず。みなさん盛り上がってください」
祝勝会に紛れ込んだ異物――それはシルヴェン・アーラヤィナだ。
なぜかアドラと一緒にここまでやってきて隣に座って祝勝会に参加している。
理由がまるで分からない。
(おい、おまえ理由を聞いてこいよ。同性なら話しやすいだろ)
(あなたが聞きなさいよ。戦闘狂同士話が合うでしょう)
ガイアスとオルガンが小声でひそひそ話し合う。
祝勝会ついでに聖王の妹を参考にして聖王対策を講じようと思っていたのに、当の本人がいたら何も話せないし気まずいことこの上ない。
二人は入念に話し合った結果、アドラにすべて任せるといういつもの結論に至った。
「え……えっと……何かご用事でしょうか。シルヴェンさん?」
無茶振りされたアドラはやむを得ず恐る恐るシルヴェンに話しかける。
試合には辛くも勝利したが、この少女が魔王も裸足で逃げ出す怪物であることに違いはない。
機嫌を損ねたら何が起きるかわかったものではない。
爆弾処理班にでもなった気分だ。
「用事……といいますか、今後はあなたがたに同行するつもりですので」
「どっ、どうしてですか……っ!」
「その質問に答える前に、私から質問です。私の神雷を受けて、あなたはどう思いましたか?」
……は?
質問の意味がわからず思わず聞き返す。
「そのままの意味です。初めて神雷を受けたあなたの感想が聞きたいのです」
「そりゃビックリしましたよ。想像以上のとんでもない威力でしたから。あれでぜんぜん本気じゃないっていうんだから更に驚きです。ははっ、本気だったらこの国を焦土にしちゃうんじゃないですかぁ?」
「そういうお世辞は結構です。私が聞きたいのは忌憚なき意見です」
「意見って……おれごときがあなたに意見するようなことなんて何も……」
「情報提供に見合うだけのリターンを保証します」
アドラは顔をしかめた。
神雷の件は寿司でも食いながらガイアスたちに説明しようとしていたことではある。だが本人の目の前では絶対にしたくはなかった。
シルヴェンはエリの妹。彼女を通して情報が筒抜けになってしまうからだ。
しかしこの状況下で話をはぐらかし続けるなどというのはさすがに不可能。
こんな話を持ちかけてくる以上、撃った本人も薄々理解しているのだろう。隠しても無駄と諦めるべきか。
「……ではハッキリいわせてもらいます。直接この身に受けて確信しました。神雷はおれの脅威たりえません」
観念したアドラはとうとう本音を漏らすことにした。
「理由はわかりますか?」
「単純にハンパですね。雷と聖気の中間みたいな性質をしている。そうすることで効果適用範囲を広げてるんでしょうけど、それだとどうしても威力が分散されてしまう。勇者としてはどうかは知りませんが魔導の真髄からは外れている。アレじゃ国は滅ぼせてもおれたちには通用しない」
アドラはガイアスを見ていった。
ガイアスは無茶振りするなボケと思ったが口にはしなかった。
直接受けてみれば意外と返せるのかもしれないが実践は御免蒙る。
「見た目派手だから相手に戦意喪失を促すには十分なんでしょうけどそれだけです。シルヴェンさんは驚いてましたけど、これはぜんぜん驚くような話じゃない。あなたが神雷を軸に闘うようなスタイルなら、正直怖くないですね。対戦相手としてはガイアスさんやヴァイスさんのほうがはるかに強くてヤバくて相手にしたくない」
シルヴェンはアドラの話を無言で聞いていた。俯いているので表情はわからないが、おそらく落ち込んでいるのだろう。
成人もしてない少女にダメ出しをするのはアドラとしても正直気が引けたわけだが、彼女の将来性も考えてあえて厳しくいった。
だがよく考えてみたら、ただでさえ怪物なのにこれ以上強くなられたら後々困るのはこっちかもしれない。やっぱやめとけばよかったかも。
「この話、できればエリには内緒にしてもらえませんか。彼女が神雷を切り札としているならば、それはおれにとって唯一といっていいかもしれない勝機になる」
「……いいませんよ。もっとも姉様は神雷を使いませんけどね」
シルヴェンは俯いたままだった。
勇者の象徴が、信じていた強さのすべてが、ここで否定されたのだ。そのショックはアドラには計り知れないものだろう。
「姉様が神雷を使わないのは苦手だからだとばかり思っていました。だから私の勝機はそこにあると信じて技を研鑽し今大会に臨みました」
シルヴェンはそこでようやく顔をあげて静かに席を立った。
「でもすべては無為だったのですね。ならば私の取るべき道はやはりひとつ」
そして三つ指をついて丁寧にお辞儀する。
「本日より私、シルヴェン・メノスはあなたの妻となります。不束者ですがどうかよろしくお願いします」
アドラは最初何をいってるのかよくわからず、板前のダゴンにウニを一貫頼み、それを口に放り込んだ。
――やっぱり地上の海産物は最高だ。
寿司を美味しく食べ終えた頃、アドラはようやく彼女の言葉を理解する。
理解した上で、ただの冗談であると判断し、今度はお茶を頼む。
ちなみに寿司屋ではお茶のことを「あがり」というらしい。
「私の作法、もしかしてどこか間違っていたでしょうか。シュメイトクでは女性が意中の男性に嫁ぐ時三つ指をついて願うと聞き及んでいますが」
アドラは飲んでいた緑茶を盛大に吐き出した。
「お……おれの故郷のことをどうしてっ!!」
「私たちは魔界について無知ではありません。そしてあなたの来歴についてはそこにいる店主から伺っております」
アドラは慌てて振り向き蛸人の板前兼店主を問い詰める。
「私、シュメイトクで商売をしていた時期もありましたので」
「そういえばそうでしたね! おれも若い頃はお世話になりました!」
一時期シュメイトクの宮廷料理人だったダゴンがアドラの顔を知らないわけがない。
なんてことだ、こちらの素性はソロネに筒抜けだったということか。
「ていうか、なんであなたこんな場所にいるんですか! ここはすべての魔族が忌避する勇者大国ですよ!?」
「今頃それを聞きますか。地上に店を持つのが夢だったからに決まってるじゃないですか。やっぱり海の幸はエルエリオンに限りますよ。魔界の海はちょっとねぇ……」
「それはそーですが! あなた生命が惜しくないんですかっ!」
「生命を惜しんで料理人なんてできませんよ。当たり前の話でしょう」
事実ダゴンは、危険な魔族として処分されそうだったところを聖王に助けられて現在に至るそうな。
タコみたいな顔をしてるのに呆れるほど生粋の料理人だ。自分も見習うべきか。
「……それで、おれたちを泳がせている理由は何ですか?」
観念したアドラはシルヴェンの方に向き直り率直に訊ねた。
素性のバレたアドラはまな板の上の鯉も同然。まさかこのネタで脅すつもりか。
「いえ、特に理由などありませんが」
狼狽するアドラとは裏腹にシルヴェンはあっけらかんとしている。
何をそんなに慌てているのかわからないといった風だ。
「確かに市井には魔族を毛嫌いする者も多いですが、私たち姉妹は何とも思ってはいません。むしろ大歓迎です。好きな時に好きなだけ来てください」
最初は政治について何もわかっていない子供なのかと思ったがおそらく違う。
魔族がどれだけスパイに来ようが関係ない。
どんな手段で何度攻めてこようと簡単に弾き返す自信があるということ。
それほどまでに魔族と勇者の間には圧倒的な実力差があるのだろう。
シルヴェンの底知れぬ実力を見る限りそれは間違うことなき真実だ。
「だったらいったい何しに来たんですか」
「だから嫁ぎに来たといってるじゃないですか。このままアーレギナで暮らしますか? それともシュメイトクに戻りますか? 私はどちらでも構いません」
「……ご冗談を」
「冗談ではありません!」
アドラはシルヴェンの顔を見た。
真剣な眼差し――穢れひとつない。とても嘘をついているとは思えない。
「幼き頃より、自分より強い男性と結婚すると心に決めていました! 私の伴侶はあなたしかいません!」
「質問だけど君、今何歳?」
「今年で12歳になります! 姉様とはたったの5歳違いです!」
まだまだぜんぜん幼いじゃないか。
「あなたはまだ若い。もう少し月日が経てばおれみたいなおっさん魔族なんかよりもっとふさわしい男性が……」
「アーラヤィナ家は聖王を排出したソロネ屈指の名門貴族です! 差し迫る危機を回避するべくやってきたあなたにとってこの縁談を利用しない手はないと具申します!」
純粋かと思いきや微妙に腹黒い提案を持ちかけてきた。
この口振りからして、こちらの目的もあらかた調べ尽くされている。
ホントに聖女かいなこの姉妹。
「いやだけどねシルヴェンさん」
「シルヴィと呼んでください! 私もダーリンと呼ばせてもらいます!」
「……シルヴィさん、あのですね。おれはあなたのお姉さんと結婚するために武闘大会に参加したんですよ。そこのところちゃんと理解してくれてます?」
「ソロネは多夫多妻制です! 私は第二婦人で何も問題ありません!」
「しかし年齢的にちょっと……親御さんも怒ると思いますよ」
「貴族としては決して早い婚期ではありません! 姉を倒しソロネ王になってしまえば親も文句のつけようがありません!」
――おいちょっと待て! マジでおれと結婚する気かよ!
返答に困ったアドラは仲間たちに助け船を求めた。
ガイアスは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
サーニャは不穏な気配を感じたのか逃げ出している。
というわけで、消去法でオルガンしかいないわけだが……。
「彼女のいう通りアーラヤィナ家を後ろ盾にしない手はないわ。ここはこの成人すらしていない幼い少女と倫理観を投げ捨て結婚しておきましょう。……このロリコン!」
あんたは結婚を推してるのか否定してるのかどっちだよ。
女性二人から無言の圧力をかけられ、アドラは汗だくになりながら思案する。
しかしどれだけ考えても結局答えはひとつしか浮かんでこない。
「……こちらこそ、不束者ですがよろしくお願いします」
アドラはシルヴェンとの婚姻を承諾した。
魔界の存亡を賭けた一大事。個人の事情など些細な問題にすぎない。
頭ではわかっていながらもなお、アドラは自らの不徳を恥じ、愛する妻に対する猛烈な引け目を感じるのだった。




