聖王の妹
巨人の剛力により振り下ろされる大剣。
その剣閃は鋭く疾い。
しかしあまりに大振りがすぎる。どれだけ速かろうとこれでは無意味だ。
アドラはその一撃を半身になって悠々とかわした。
「剣術の基本ができていませんね。どうやら色々教えるのはおれのほう――」
いいかけてアドラは言葉を失う。
叩きつけられた巨人の大剣が足下のリングを真っ二つに割ったからだ。
剣の威力はそれだけに止まらず、凄まじい勢いで地面を這い進み、客席の下にある選手入場口を粉々に爆砕した。
――な、な、なんだそりゃぁぁぁっっ!!!
「おっといけません。ひさしぶりに本気で振ったのでつい力の制御が……今のは悪い例ですね。次はちゃんとやりますので是非、参考にしてください」
シルヴェンが可愛らしく舌を出す。
その内に秘められた力はぜんぜん可愛くはないのだが。
「魔力にせよ聖力にせよ、訓練により研ぎ澄まさなければこのようにただの暴力なのです。だから力を持つ者はその自覚を持ち、常に精進を欠かしてはならないのですよ」
「今あなたの暴力で後ろの客席がえらいことになってますが……」
「もう、話の腰を折らないでください!」
怒る姿も愛らしい。
アドラとしては話の腰を折っているつもりはなく、この調子で闘ったら客が酷い目に遭うのではないかという心配なのだが。
「避難勧告を出したほうがいいのでは?」
「次はちゃんとやるっていってるじゃないですか。私はまだ歳若いですが、それでもあなたのような未熟者とは違いますよ」
光の巨人が再び剣を振りかぶる。
今度は先ほどまでの聖気の高ぶりが見られない。
力の抑制はできている。
しかし次は逆の懸念が浮かんでくる。
――それで剣に威力が乗るのか?
これでナマクラだったら楽ではあるが拍子抜けだ。
アドラはつい要らぬ心配をしてしまう。
「さあ行きますよ。ここからが私の本当の実力です」
一瞬の静寂。
しかしすぐさま流星の如き勢いで巨大な剣身が頭上へと降り注ぐ。
今度は紙一重でかわすとはいかずアドラは横に飛び退いた。
振り下ろした剣は今度は地を割らず、それどころか降ろしきる直前にその勢いを完全に殺し、返す剣で飛び退いたアドラへ追撃を加える。
これは――かわしきれない!
アドラはアンサラーを盾に巨人の一撃を防御する。
次の瞬間、彼の全身に未だかつて味わったことのない衝撃が走った。
「がァッ!」
視界が歪む。激しく頭を揺さぶられる。
どうにか意識を繋ぎとめ状況を把握し対処する。
巨人の剣撃で弾け飛んだアドラはリングにアンサラーを突き立て勢いを殺すことによりギリギリのところでリングアウト負けを防いだ。
「力を抑止するのは第一段階。抑えた力を一点に収束させるのが第二段階。収束した力を対象のみに解き放つのが第三段階。周辺被害を最小限に抑え、力を温存でき、更に威力も増す。まさに一石三鳥。これが聖力のコントロールの基本にして極意です」
エリからもらった剣撃をも上回る痛烈極まりない聖気による一撃だった。
だが初見ではないおかげでどうにか耐えられる。
アドラはどうにか立ち上がり口に溜まった血を吐きだす。
「魔術もろくに扱えないあなたが、果たしてどこまでこの私に迫れますかね」
小さな巨人がゆっくりとアドラに近づいてくる。
まだ歳若いがその実力は紛れもなくソロネ最上位の第一級聖騎士。
エリがアドラを試すべく差し向けた最悪の刺客だった。
だがそれでもアドラは臆さない。まっすぐにシルヴェンを見据える。
「迫るつもりはないよ。ここで追い越すんだ。君に勝てないようじゃエリに勝つなんて夢のまた夢だからね」
「不敬な物言いですね。まるで私が姉様に劣っているかのようです」
光の巨人が剣を疾らせる。
アドラはその一撃を転げ回って回避した。
いささか不格好だが格好など気にしていられない。
「あなたに限らず誰しもがそう思っている。歳が若いからだの、聖王に選ばれなかったからだの、実にくだらない理由で。ハッキリいって気に入りませんね」
エリと同じアメジストの瞳に聖女らしからぬ殺気がみなぎる。
「この武闘大会で優勝し、王の選抜を勝ち抜き、継承の儀にて姉様を討ち倒せば、民草も思い知ることでしょう。このシルヴェン・アーラヤィナが聖王に選ばれなかったのは、ただ後から生まれただけにすぎないという事実を」
野菜でも刻むかのように放たれる数多の連撃。
それを更に転げ回りながら回避する。
とはいえいつまでもかわし続けるのは不可能だ。
どこかで覚悟を決めなければいけない。
「なるほどその負けず嫌い――確かに君はエリの妹だっ!」
「人の名も聞かないガサツな姉様と一緒にされては困りますが」
回避行動をやめて反撃のため立ち上がろうとするアドラ。
当然ながらその隙を巨人は見逃さない。
山のような大剣が叩きつけるように振り下ろされる。
「未来のことより今を心配しなよ!」
――おれは確かに未熟、侮られるのはしかたがない。だが――
「アンサラーを舐めるなァ!!」
大剣を受け止めると同時にスリープモードだったアンサラーが完全起動した。
鞘に埋め込まれた宝玉がサファイアグリーンの輝きを放つ。
『システムオールグリーン。魔力の最適化を始めます』
アンサラーがアドラの全身をサーチし魔力の状況を把握する。
それが済むと次は最適化だ。混沌とした魔力を整理し明確な指向性を持たせ術者の行使する魔術を完全なる物理として瞬時に固着する。
アドラが選択した魔術は――ガイアス直伝の反重力魔術。
まともに受けると尋常ではない量の聖気を叩き込まれる。
ならばその前に弾き返すのみだ。
「なに!?」
反重力魔術が付加されたアンサラーは巨人の剛力を軽々と弾き飛ばした。
驚くシルヴェンにアドラは追撃を仕掛ける。
「やりますね! さすがは姉様が気にかける男!」
横薙ぎに放ったアドラの剣撃をシルヴェンは兎のように後ろに跳躍してかわす。
その安易な回避行動をアドラは許さない。
「焼き払えアンサラァァァ――――ッ!!」
アンサラーの剣身が焔で纏われる。
アドラが剣を振り抜くと焔は地を這うように疾り、シルヴェンの全身を焼いた。
「このような低級魔術――私には通じませんよ!」
まとわりつく焔をシルヴェンは圧倒的な聖気で吹き飛ばす。
だがこれはあくまで目くらまし。その隙にアドラは自身に新たな魔術を付加する。
次の瞬間、羽毛のように軽くなった身体で高々と舞い上がり、シルヴェンの頭上から強襲する。
「ちっ!」
頭上から超高速で振り下ろされる剣を光の巨人で防御する。
それと同時にアドラは重力魔術を発動。聖気を叩き込まれる前に大剣そのものを物理的に破壊しようと試みる。
だがシルヴェンもソロネ最強の第一級騎士。そう易々と武器破壊は許さない。
上手く力を受け流すことによって重力によって加速したアドラの一撃を最小限のダメージで回避した。
「惜しい! 後もうちょっとで破壊できたのに!」
試みは失敗したもののアドラはどこか嬉しそうにそういった。
生まれてこの方ろくに魔術を行使したことのなかったアドラにとって自在に魔術を操るのはこのうえない快感だった。
反面シルヴェンの顔は険しい。
そのアメジストの瞳が仄暗い光を放ち続けている。
「その剣……間違いなくこのソロネにはない技術によって生み出されている」
「その通り。エクスシアの天才魔導師クリスチーネ・オーボエの最高傑作さ」
エンチャントに特化したアドラ専用魔導兵器――それが魔剣アンサラーだ。
これさえあればアドラは名だたる天才魔術師と肩を並べることができる。
「理解しました。あなた自身はともかく、その剣は確かに侮れませんね」
凍えるほどに冷たい声。
次に訪れるであろう圧倒的な恐怖の予感にアドラの身が震えあがる。
「ですが、あなたがどんな武器を持とうとも、しょせんは人の域にすぎません」
晴天だったはずのソロネの空が、いつの間にかどんよりと曇っていた。
暗雲は次第に厚くなり、エルエリオンの象徴である陽光を遮っていく。
「お見せしましょう。人ならざる者の領域を。冥土の土産になるやもしれませんがね」
――やれるものならやってみろよ。
アドラの強がりは激しい雷鳴によって遮られた。
数多の魔王を退けし勇者。その最上位に立つ存在。
その真価が、本領が、ついにアドラに牙を剥く。
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