武闘大会本選
翌日――ソロネ武闘大会本戦。
昨日と同じ時間にアドラは控え室に通された。
昨日と違うのはアドラ以外部屋に誰もいないこと。そして相棒であるアンサラーを腰に携えていることだ。
基本的なルールはそのままだがここから先は武器が解禁される。
正真正銘の殺し合いだ。
生きるか死ぬか。得るか失うか。すべては己の実力次第。すでに覚悟を決めたアドラの集中力は極限まで研ぎ澄まされている。
本戦は予選を勝ち残った8名のみで行われるトーナメント制度。
優勝者には今年度のソロネ武闘大会覇者の証である座天使勲章が授与され、高待遇での聖騎士団への入団が確約される。
それとは別に上位4名は聖王の婿を決めるための二次選考へと進むことができる。
ヴァイスのようにただ強いだけの荒くれ者を弾くための処置だ。
ひとつ勝つだけで二次選考の権利が得られる。
これはアドラにとって非常にありがたいアドバンテージだった。
何しろ優勝を目指し余力を残そうとする他の戦士たちとは違い、初戦から全力全開で闘うことができるのだから。
もちろん優勝を諦めたわけではないが、それは二の次、三の次だ。
「……そう上手くは行かせてくれないみたいだけどね」
アドラの思惑は当然ながら聖王も理解するところ。
だからこそ昨夜わざわざ釘を刺しにきたのだ。
トーナメントの組み合わせは抽選を行わず隣のリングの勝者と闘う。
しかしアドラの隣の七番リングはヴァイスのせいで選手が全滅してしまっていた。
だったら不戦勝でいいだろと思うのだがそういうわけにはいかず、聖王から推薦された聖騎士が特別枠としてエントリーされる運びとなった。
――これがエリのいう『刺客』である。
間違いなく強豪であり、間違いなく全力で闘えと指示されている。
余力を残そうという相手の心の隙をついて最初から全力で押し切るというセコい手はおそらく通用しないだろう。
「まっ、むしろ望むところだけどね」
どれだけ強かろうと相手はしょせん聖王の部下。
これに勝てずしてどうして本人に勝てようか。
むしろ自らの力を試す絶好の機会だ。
アドラは意気込むと係員に促されて控え室を出た。
細い通路を歩きながらアドラは戦術を思案する。
相手の情報はいっさいない。
わかっているのは『ジャイアント』という名前だけだ。
おそらくは名前通りの大男だろう。実際巨人族かもしれない。
ならば足でかき回して背後から攻めるのがセオリーか。
巨人族とは何度か遭遇したことがあるがだいたいは逃げているので経験が浅い。
勝利への活路は闘いながら見いだしていくしかないだろう。
アドラがコロシアムに入場すると割れんばかりの大歓声が巻き起こった。
予選の時と同じだが、今回はそれが自分ひとりに向けられているかと思うと緊張感がまた違ってくる。
――いや、独りじゃないか。
闘士は孤独ではない。常に伴侶が寄り添う。
目的を同じくし、同じぐらいの研鑽を積み、死別まで同じ時間を共有する宿敵という名の伴侶が。
もっともアドラは対戦相手を殺す気まではないのだが。
アドラは綺麗に片づけられ残りひとつになったリングに視線を向ける。
対戦相手はすでにリングインして彼を待ち構えていた。
そしてその相手があまりに予想外すぎて仰天するのだ。
「はじめましてアドラさん。本日の対戦相手を務めさせていただきます」
リングにいたのは年端もいかない美少女だった。
幼い顔だち。年相応の小柄な身体。見目麗しいセミロングのブロンズヘアをツインテールにまとめている。くりくりとしたアメジストの瞳が愛らしい。
それでも対戦相手のお子さんだと勘違いしなかったのは、聖騎士のみが装備を許される白銀の聖鎧――そして、背中に担いだ大剣にある。
この剣、とにかくでかい。でかすぎるのだ。
剣長が少女の身長を上回っているので横にして鎧に張り付けてあるのだが、あれでよく細い通路を抜けてここまで来れたものだと呆れるばかり。
アレをどうやって振り回すのか、そもそも鞘から抜けるのか……とにもかくにも、あんな物騒なものを担いでいては対戦相手だと認めざるをえない。
確かに大会要項に女性に参加資格がないとはどこにも書かれていない。
あくまでメインは最強を決める武闘大会であり聖王の婿選抜というのは副次物的なものにすぎないのだから。
――だからって子供を刺客として送ってくるかフツー。
「シルヴェン・アーラヤィナと申す者です。以後お見知りおきを」
シルヴェンは丁寧に挨拶してから深々と頭を下げる。
背中に担いだ大剣をまったく苦にしていない様子から、容姿通りの実力ではないことが伺えた。
「エリ姉様からお話はかねがね伺っております。勇者としてはまだ無知で未熟だそうですので色々教えてやってあげてくれとも」
「いえ、おれは勇者ってわけでは……って姉様ぁ!?」
「はい。聖王エリは私の姉に当たります」
――エリの妹! マジか!
本日二度目の衝撃。
だがそれなら刺客として送られてきたのもある程度納得できる。
「そのわりには苗字が違うみたいだけど……」
「エリ・エル・ホワイトは聖王の尊称です。歴代聖王は皆その名を冠します」
学んでこそいるがアドラはソロネの歴史の深いところまでは知らない。
なのでシルヴェンの話は実に興味深い。エリが向学のために派遣してくれたのだ。しばしその言葉に耳を傾けよう。
「聖王は至高神ラースにより選ばれ、その務めを全うすると父なる大地へと還りエリスとなります。ソロネの古き伝説ですね」
なるほど、つまり『聖王エリス』とはエリの複数形だったのか。
本日またひとつソロネの歴史を知ることができアドラは知識欲が満たされる。
「それで名前が『神の光のごとき白』のもじりなのか。神の分け身ならそら強いわけだ」
「学のある方ですね。その通り、聖王とはこのソロネを照らす光の束――すなわち天使の光輪なのです」
真偽のほどはともかく、強い神託を受けて生まれた生来の勇者であることには違いあるまい。
納得したアドラはリングに上がりシルヴェンと相対する。
最初はこんないたいけな少女と闘うなどとんでもないと思っていたが……。
「では妹であるあなたも神の分身ということになりますね。ならば手加減は不用ですか?」
「無論です。こちらも本気でお相手いたします」
シルヴェンが後光の如き聖気を解放した。
その凄まじさたるや姉に勝るとも劣らない。
少女とはいえ手加減などできる相手ではない。
「ソロネ聖騎士団第一級聖騎士序列二位。綽名は 《巨人》 。その実力、とくと御覧あれ」
後光のように背負っていた聖気に変化が生じた。
不定の光が見えない手により整えられ次第に人の形を為していく。
それはさながら土と水より人を生み出したという神の御業だった。
「では参ります。どうかお覚悟を」
シルヴェンの背後に顕現せしは単眼の光の巨人だった。
巨人は彼女の背に張り付いた大剣を容易く引き抜くと、それを大きく振りかぶり、アドラの脳天へと振り下ろした。




