祝勝会②
珍客の来訪でいささか興が削がれたが、アドラはまだ祝勝会を諦めてはいない。
将来のことは一時忘れ、もう一度盛り上がっていこう。
「ガイアスさんの勝利に乾杯!」
「俺のことはどうでもいいんだよ。祝うならおまえの予選通過を祝え」
ガイアスはそういうがこの予選、アドラは何もやってない。リングの上にボォーっと突っ立って観戦していただけだ。
何もやってないのに何を祝えというのか。
楽して予選突破してしまってちょっともうしわけない気分しかない。
「失敬。店主、席は空いてるかい?」
一度あることは二度ある。
珍客は再びやってきた。
「すいません聖王様。本日は貸し切りなんですよ」
「そういえばそんな看板が立っていたような。では彼らと直接交渉するか」
美しいブロンズのシニヨンヘア――やってきた客はエリだった。
なんでこの女性は聖王のくせにちょくちょく独りでうろついているんだ。
「そこの君、相席いいかな?」
エリはアドラに向かって爽やかな笑みを浮かべながら尋ねた。
いずれ闘う相手になめとんのかコイツ。まさか顔を忘れてるんじゃないだろうな。
「店前の看板が見えないんですか貸し切りだっていったら貸しきぃおぼぼぼっっ!」
叩き返してやろうとしたところを隣にいたオルガンに口を塞がれて止められる。
(アンタ何考えてんの! 聖王相手に無礼はよしなさい!)
(無礼なのはあっちですよ。世間知らずな小娘にはガツンといってやらないと)
(この店は聖王の威光によって経営されてるの! いって追い出されるのはこっち!)
(そういう特別扱いが良くないんです。舐められたら対等に会話などできません)
(聖王と何があったか詳しくは知らないけど普段の弱気なあなたに戻りなさい。ここは私が対応するから)
アドラを制するとオルガンはご自慢の営業スマイルを浮かべながらエリに名刺を渡して自己紹介する。
「おお、貴女がかの有名なクリスチーネ・オーボエ先生か。貴女の書いた著書は私も拝読した記憶がある」
「聖王にお見知りいただき誠に光栄ででございますぅ」
「確か『必勝! これであなたも聖王のお婿さんだ!!!』だったかな。私の事を書かれるのはいささか気恥ずかしいな。おまけに私のブロマイドまで付いている。この手の転写魔術は高等魔術なのにたいしたものだ」
「あ……いえ、その本はちょっとしたゴシップといいますか……」
エクスシアでも聖王は大人気。聖王絡みの記事を書けば売り上げ爆上がり。
というわけで流行に乗ってオルガンも聖王本を自社出版したのだが、さすがに本人に読まれているのは都合が悪い。
「だがあの本の内容、いささか事実にそぐわない部分があるのではないか?」
「ささっ、席にお座りください! 今夜は私の奢りです!」
大丈夫! オーボエ先生の攻略本だよ!
……とはいえ憶測で書いている部分も多少は、いや多分にある。
特に聖王エリのプロフィールに関しては本人の人となりすらよく知りもしないのに男受けするように書いたのでかなりヤバい。
ここは適当にゴマかして凌ぎきるしかない。
「あの本で私のバストはエクスシアの基準でEカップの巨乳だと紹介されているが……しかし自分で揉んでみてもそこまでいわれるほど大きくはないと思うのだ。いったいいつ、どのような測量法を?」
「店主! 最高級の大トロ握れるだけ握って!」
冷や汗だらだらモノである。
こんなことならいっそアドラに任せておいたほうが良かったかもしれない。
「そ、そんなことより私、聖王様にお頼みしたいことがあるんですッ!」
「私は聖王と呼ばれるのが苦手でね。呼び捨てにしてくれるなら話を聞こう」
「え……いいんですか?」
「もちろん。もっとも私は名前そのものが尊称のようなものだがね」
それもそうか。
ならば呼び捨てにしても失礼には値しないだろう。
「ねえエリ、ソロネの北東にたくさんの小島があるのをご存じ?」
オルガンはしなをつくってエリの隣に座り、ある話を持ちかけた。
「もちろん。国内の領土はすべて把握している。もっともあそこは無人だがな」
「そう無人。だからね、その遊ばせてる土地をいくつか売って欲しいの!」
その提案にエリは首を傾げる。
「土地は痩せてるし交通の便も悪い。あんな辺鄙な所を買ってどうする?」
「別荘にしたいと思っています。エクスシアの夏は暑いので避暑地ですね」
ついでに緊急時の同族たちの避難場所にでもなればとの考えだ。
冷血非情の魔女と呼ばれるオルガンだが仲間のことを心配していないわけではない。
「よくわからんが君の提案からは何か温かいものを感じる。他国の民に自国の土地を売るなど前代未聞だが……前向きに検討しよう」
大喜びして万歳三唱するオルガンとは反対に、アドラはまるで不審者でも見るような眼つきでエリを見ていた。
「どうした、君は座らないのか?」
「聖王陛下と同席するなど恐れ多くてとてもできませんね」
「その名を嫌みで使う者は君が初めてだ。かえって好感が持てるよ」
「こっちは反感持ってますよ。自分のことは名前で呼べといっておきながら、おれのことは君、君、と……ふざけるのも大概にしてください」
「ああそれだそれ。今夜は君の名を訊きにきたんだ」
……そういえば、名乗っていませんでしたね。
「ジャイアントに名前ぐらいは聞いておけと叱られてな。これはこれは失礼した」
おどけて笑うがそれがまた絵になる愛らしさだ。
アドラ以外に不快に思う者はまずいないであろう。
「というわけで……君の名は?」
「アドラ・メノス。あなたを倒しソロネ王となる者です。以後お見知りおきを」
アドラの宣戦布告を聞いてエリは豪放に笑った。
「そういうと思って本戦に刺客を送っておいた。一回戦で当たるようにしておいたのでせいぜい気をつけてくれたまえ」
「そこまでマークしていただけるとは光栄ですね。でもそのぐらいじゃおれは止まりませんよ」
「それはどうかな。ジャイアントの剛力はすべてを打ち砕く。初めて闘った時の君程度の実力では手も足もでないぞ」
「あの時と一緒にしないほうがいいですよ。今のおれは生まれ変わりましたから」
エリは出された寿司を上品に食してからゆっくりと立ち上がる。
「では勝ち残り、再び私の前に立つ日を楽しみにしているぞ――アドラ・メノス!」
「次は負けませんよ、エリ」
――宿敵同士、これ以上の馴れ合いは不用。
エリはそう告げて店を去っていった。
「あ、あなた何してるのよ。いずれ同盟をお願いする立場なんだからもっと心証良くしていかないと!」
アドラを叱ろうとするオルガンを、しかし意外なことにガイアスが止める。
「ライバルなんだ。仲良くするのはすべての決着が着いてからでいい」
「ええ? いえでも……」
「四天王は舐められたら終い――おまえの言葉だろ?」
「それはそぉーだけどっ!」
オルガンは頭をかきむしる。
確かにその通りだが時と場合ってものがある。
――むしろ今がその瞬間なのかもしれないのだが――
ここで意地を張らなければ、アドラは生涯府抜けで終わる。
ガイアスの直感はその事実を鋭敏に感じていた。
だからこれはいい傾向なのだ。
そしておそらくは聖王もそれを望んでいる。
「……勝ちますよおれは。だからこの祝勝会は前祝いってことにしといてください」
宿敵の顔を見てアドラは決意を新たにする。
名を覚えてもらったことに対する幾ばくかの嬉しさを胸に。
あと話と全然関係ないのだが、今回の会話にまったく興味のないサーニャは黙々と寿司を食べ続けて後にオルガンの財政を圧迫した。




