祝勝会①
寿司屋『タコ八』。
アーチレギナ八番通りにあるファーストフードショップだ。
生の魚の刺身を酢飯に乗せて食べるという独特すぎる料理『寿司』の専門店。
店主兼板前は魔蛸のダゴンさん(7500)。魔族でありながら聖王の許可を得て店を経営している。おすすめのネタはソロネの海で穫れた新鮮なタコの刺身。
アドラたち魔王軍御一行はそこを貸し切って祝勝会を開いていた。
「ガイアスさんの勝利に乾杯!」
アドラがコップに入った水を一気飲みする。
酒には酔えないが勝利には酔えた。
いわゆる「押し」の選手の勝利は我が事より嬉しいものだ。
「……静かにしろ。他の客に迷惑だろ」
しかし当の本人は、やはり不機嫌そうな顔を崩さない。
非常識を絵に描いたような男が常識的なことをいっている時点でそれは明らかだ。
「いったいどうしたんですか。宿敵に勝ったんですからもっと喜びましょうよ」
かつて人狼族を迫害し追い出したキュリオテス。
その頂点を撃破し人狼族の悲願を果たしたはずなのに。
アドラにはガイアスの不機嫌の理由がわからない。
「ヴァイスは強かった。本当に無限大かどうかは知らんが、俺よりはるかに多い魔力量を誇っているのは確かだ」
「そんな強者に勝ったんですから、なおさら誇らしいことじゃないですか」
「あれが第八王子じゃなければな」
ゆるみきっていたアドラの顔が少しだけ強ばる。
キュリオテスは完全実力主義の国。王位継承権も当然実力順だろう。
つまりヴァイスより強い王子が後七人もいると予想できる。
「王族だけじゃない。他の連中も似たり寄ったりの強さだろう。キュリオテスは俺の想像をはるかに上回る危険な国だ。侵略して人狼族が勝てるビジョンが浮かばない」
淡々といってガイアスは寿司を口の中に放り込む。
「玉砕――俺独りならそれでもいいさ。だがやはり一族を道連れにはできん」
ガイアスはアドラを見据えていう。
「頼むアドラ。魔王軍の地上侵略、絶対に回避してくれ」
アドラはようやく理解した。
ガイアスは不機嫌だったのではなく思考を巡らせていたのだと。
らしくもなく考えて、考えて、考えて、そしておそらくもっとも不本意であろう結論に達したのだ。
「任せてください師匠。必ずやソロネと同盟を結び、魔王軍を封殺してみせます!」
「だからその呼び方はやめろっつっただろ」
そういってガイアスは苦笑する。
わずかだがようやく笑顔を見せてくれた。
アドラが拳を前に出すと、ガイアスはそれに応じて拳を突き合わせてくれた。
苦楽を共にした男同士の友情がそこにはあった。
「おいおい、オレに勝った男が何湿っぽい話してんだ」
聞き覚えのある声が暖簾をくぐって店内に入ってきた。
――ヴァイスだ。
予選終了からまだ6時間ほどしか経っていないのにもうピンピンしている。本当に呆れた回復力だ。
目的は――おそらく復讐だろう。
王子のくせに単身で乗り込んでくるとはいい度胸だ。
アドラはとっさに身構えてヴァイスを警戒する。
ガイアスはまだ疲労が抜けきっていない。今闘うなら自分しかいない。
「いったい何のご用ですか?」
「へえ、アンタやっぱりガイアスの関係者だったんだな」
「ガイアスさんはおれの魔術の師匠ですよ。それがどうかしたんですか」
「おおそうだったのか。だったらオレの兄弟子だな」
「……はい?」
ヴァイスはガイアスのほうに向き直ると底抜けに明るい感じでいった。
「なあガイアス! オレをアンタの弟子にしてくれよ!」
「断る」
ガイアスは即答で応じた。当たり前だ。
「あの試合でオレは己の未熟さを思い知った。再生魔術だけじゃ頭打ち。やはり攻撃こそが最大の防御だってな」
「だから俺の攻撃魔術を学びたいってか」
「そうそう! だからいいだろ?」
「アホか。寝言は寝ていえ」
魔族の魔術は秘中の秘。容易く教える間抜けなどいるはずがない。
脳筋のガイアスならサクっと教えそうで怖かったが要らぬ心配だったようだ。
「ケチケチすんなよ。そこのロン毛の弟子には色々と教えてやってるんだろ?」
「あいつは特別だ。おまえのようなハゲにくれてやるものなど毛一本もないわ」
「いーじゃんいーじゃん。そんなにオレがアンタを越えるのが怖いのかい?」
「何を覚えようがおまえのようなチキン俺の敵じゃねえよ。おまえの相手するほど暇じゃねえってだけだ」
「ひでえ物言いだ。そこを何とか」
「くどい。帰れ」
「代わりにキュリオテスやるからよ」
「……は?」
突拍子のない提案にガイアスは思わず間の抜けた声を出してしまった。
「帰国したらすぐ親父をぶちのめすからさ。そしたらアンタに王座をくれてやるよ」
「できもしないことを……たかが第八王子の分際で大言壮語を吐くな」
「お、いったな? じゃあオレが王座を穫ったら魔術教えてくれよな」
「……ああいいよ。できるものならな」
「おっしゃ決まり。約束だぞ約束! 絶対守れよ!」
ヴァイスは声を弾ませながらそういうと意気揚々と帰っていった。
残されたアドラとガイアスは互いに顔を見合わせる。
「なんだったんですかあれ?」
「知るか。蛮族の国の戦闘狂の考えることなど俺にはわからん」
「考えるだけ無駄ですか。まあ……あの人ガイアスさんの祖国出身ですしね」
「どういう意味だコラ」
ガイアスは悪い意味に捉えたが、アドラはどちらかといえば良い意味でいったつもりだった。
人の性格は千差万別とはいえお国柄というものはある。
求道者であるガイアスやヴァイスを見ていると、キュリオテスもそう悪い国ではないのかなとアドラは思うのだ。
でもやっぱりお近づきには絶対なりたくない。




