シュメイトク遠征①
キョウエンの市場で買った馬に乗ってアドラは単身シュメイトクへと赴いた。
渓谷にかけられた吊り橋でいったん馬を駐め懐かしき故郷を一望する。
「まさかこんな形で戻ってくるとは思わなかった」
いつかビッグになって帰ってくる。
そう心に決めて故郷を去って幾星霜。
形の上だけとはいえ肩書きは魔王軍四天王の一角。
故郷に錦を飾ったとはいえないだろうか。
「いやダメか。バレたらじいさんに殺されるわ」
魔王軍の征服活動は忌まわしい侵略行為。
特に歴史の長いヴェルバルトではその傾向が強い。
現在は魔王領とはいえ内心快く思っていない魔族は山ほどいるのだ。
よって今回は相手を刺激しないようお忍びでの来訪という運びになった。
本来なら決して許可されないであろう四天王の単独行動。
しかしロドリゲスの件ですっかり恐れられてしまいすんなり通ってしまった。
秘書のゲルダから聞いた話では、ちょっと肩がぶつかっただけのロドリゲスに因縁をつけて有無をいわせず氷漬けにして殺害したことになっているらしい。《氷獄結界》はすぐに解除して当人はピンピンしてるのに酷い話である。
しかしそのおかげでこっそりと帰郷できるのだから怪我の功名というべきか。
アドラも色々と訳ありの身。
あまり他人に自分の過去を探られたくはない。
山岳を抜けて平原を少し進むと橋からではわからなかったシュメイトクの町並みがつぶさに見える。
シュメイトクは一言でいえば木造の街である。
木造の家。木造の店。城すらも木造だ。
ヴェルバルトが山に囲まれた地域であるが故に豊富にある木材を有効に活用しているのだ。
街全体を包む、むせかえるような木の匂いを吸うと、アドラは故郷に帰ってきたのだと実感する。
「みんな元気にしてるかな」
自分を育ててくれた父親。
よく遊んでくれた友達。
優しい近所の人たち。
何もかもがみな懐かしい思い出だった。
ノスタルジーにひたりながらも自分の為すべきことは決して忘れてはいない。
「安心して。決して潰させはしないから」
魔王軍が目論むシュメイトク殲滅作戦。
なんとしてでも阻止しなければならない。
アドラの肩にかかる責任はあまり重い。
しかしこればかりは逃げ出すわけにはいかない。
流されるまま軍に入り流されるままに働いてきたアドラ。
自らの意志で動くのはこれが初めてのことだった。