狼の王
魔蛇の巨躯が蒼天に舞う。
だが決して無防備というわけではない。宙に浮いた身体は魔力によって完全に制御され、さながら絨毯爆撃のようにガイアスに連撃を放り込む。
「ちぃっ!」
さすがのガイアスも頭上からの攻撃をすべて避けきることはできず魔力で張った障壁で受けざるを得なかった。
結果ガイアスの身は無事だったが周辺のリングは粉々に砕け散った。
アドラは端っこに避難してどうにかリングアウト負けだけは防ぐ。
「この野郎、プカプカプカプカと浮きやがって……まあいい。アドラ、予定通り聖王のほうは頼むぞ」
ガイアスはそう宣言すると残ったリングの残骸から自ら降りた。
「リングアウト負けなど許さん」「貴様にはここで死んでもらう」
「安心しろ、こっちも完全決着が望みだ」
ガイアスが再び魔力を解放する。
浮かぶヴァイスの頭上に幾つもの真空の牙を発生させた。
「ガァッ!」
空牙の連撃はヴァイスの全身を貫きそのまま地面へと叩き落とす。
ガイアスの攻撃はそれだけで終わらない。
ヴァイスが地に墜ちた瞬間、魔力により発生させた石の牙によって挟撃する。
「天地裂砕牙――少しは効いたか?」
「「なめるな小僧ォッ!!」」
二つの狼牙に噛み砕かれたヴァイス。だがその魔力にはわずかな衰えすらない。
雄叫びをあげて透き通るように美しい魔力が膨れ上がり円環する。
空の牙をかき消し、石の牙を砕き、全身の傷を瞬時に回復させ、無限大を司る怪物は何事もなかったかのように立ち上がる。
「真空魔術に造石魔術」「貴様本当に雑種か?」
「これでも修行してるからな。フェンリル種にできることは大体できるぞ。ついでにいえば連中にできないこともできるぜ。たとえば――」
ガイアスが地面を脚でドンと叩いた。
それと同時にヴァイスの身体を石の牙が再び貫いた。
だが今回は先ほどのような鈍重な灰色をしてはいない。
無色透明の結晶体――陽光を浴びて美しく輝いている。
地中の炭素を魔力により極限まで圧縮して造ったダイヤモンド製の牙だった。
「金剛貫牙。造石魔術の最高峰だ。たとえ貴様でもそいつはぶっ壊せないぜ」
「き……さま……ッ!」「それが……どうしたぁっ!!」
牙が破壊できないと悟るとヴァイスは身体を引きちぎって無理やり脱出した。
やはりダメージはなさそうだが、ヴァイスのガイアスを見る目は明らかに変わった。
「マジで何者だ」「どうやら気を引き締めてかからねばならぬ強敵のようだ」
魔界でも滅多にお目にかかれない高等魔術のオンパレード。
魔王軍最強の男、ガイアス・ヴェインの本領発揮にアドラは目を奪われていた。
しかし感心してばかりはいられない。
我に返ったアドラは六番リングのチョビ髭の親父に声をかける。
「両者リングアウトだ! 試合を止めてくれジャッジ!」
「だから私、審判じゃないんですって。そういうことは聖王様にいってくださいよ」
「ダメダメ! あの戦闘狂のことだから『完全決着上等。心行くまでやってくれ』とかいうに決まってる!」
「たぶん正解。あなた聖王様の人となりをよく知ってますねぇ」
「ノンキしてる場合ですか! あなたがジャッジじゃないなら誰なんですか!?」
「審判なんてとっくの昔に逃げ出してますし、ソロネじゃ聖王様の言葉が絶対ですから……もうしわけないとは思いますが、ここは諦めたほうがよろしいかと」
――クソ運営が!!!
アドラは悪態をつくのを必死にこらえる。
「いくら何でもありとはいえ最低限のルールぐらいは遵守してもらいたいものですね」
諦めたアドラは肩の力を抜いて観戦を決め込むことにした。
見たところこの勝負、ガイアスが圧倒している。このまま闘い続ければ順当に勝利するのは間違いないだろう。邪魔するなと釘を刺されていることだしもう放っておこう。
ただ両者のこの剣幕――ガイアスが勢い余ってヴァイスを殺してしまわないかだけが心配だ。
どれだけ気をつけていても事故は起きる。王子を殺害しキュリオテスと戦争状態になればアドラたちの計画は破綻する。
その辺はガイアスの手腕に期待するしかないのだが……。
「……ホントに心配だ」
魔界での自由奔放ぶりを知ってるアドラからすれば、あの狼王が敵に手心を加えるとはどうしても思えなかった。




