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魔剣アンサラー

 エリとの仕合に敗北したアドラは、心機一転して修行に明け暮れた。

 ガイアスに監視役を頼み、あれほど嫌がっていた瞑想を黙々と続ける。

 目に見えて変わった態度を不可解に思ったガイアスは、瞑想中のアドラにその理由を尋ねた。


「聖王と戦いました」


 ガイアスは驚いた。

 ソロネの最重要人物と直接会って手合わせする機会がいつの間に。


「それで無様に負けて真面目に修行に取り込むようになったのか」

「次は勝ちますよ。聖王あれは勝てる相手です」


 アドラは断言した。

 理由はわからないがその確信があった。

 確信というよりただの意地かもしれない。

 アドラは案外負けず嫌いなところがある。


「おれがおれ自身の魔力を完璧にコントロールできればの話ですけど。悔しいけどその一点においては、今のおれと彼女とでは雲泥の差だ」


 悔しそうに語るアドラをガイアスは好ましく思う。

 今までその圧倒的強さ故にどこか呑気だった男の心にとうとう火がついた。

 悔しさをバネに努力し強くなる。

 戦士なら、いや戦士ならずとも男なら、そうでなくてはいけない。


「とにかく、聖王はおれの獲物です。取らないでくださいよガイアスさん」

「心配せずとも今回俺は傍観者だ。おまえにそこまでいわせる女に興味がないわけではないがな」


 アドラの変化に納得したガイアスは修行を再開した。

 聖王エリとの出会いはアドラにとって僥倖だった。

 そしてそれは魔界にとっても大いなる利益となるだろうとガイアスは予感していた。



                   ※



 武闘大会開催まで一週間を切ってなおアドラの熱は消えなかった。

 ガイアスには試合前にあまり根を詰めるなといわれていたがそれでも修練を怠ることはできなかった。


 負けて悔しかったというのはもちろんある。

 だがそれ以上にエリの言葉が心に刺さったのだ。


 ――おれに必要なのは我慢ではなく抑制と制御。


 まったくもってその通りだった。

 ぐうの音もでない正論だ。


 アドラは今まで自分が我慢すればそれで済むと思っていた。

 それは魔力に限らずすべての事柄においてだ。

 だがそれはただの諦めであり唾棄すべき怠慢であると痛烈に指摘されたのだ。


 個にせよ群にせよ力とは制御されて初めて意味を持つ。

 我慢して耐えるのではなく完璧にコントロールして有益なものへと変える。

 それはアドラが無益と断じ忌避していた悪意の肯定でもあった。


 ――悪魔おれすら認める、まさしく聖女だ。


 エリに対する怒りはすでにない。

 代わりに希望があった。

 その希望が実ったところを彼女に見せたい。

 今はただその一心だった。


 ガイアスとサーニャの立ち会いの下、大樹の前でアドラは掌をかざす。

 心を無にし、全神経を研ぎ澄ませ、魔力を練りあげる。


 真空――万物の一切は因縁によって映る仮初めの姿であり、すなわち空であるという悟りの境地。


 それを魔力にて物理的な作用へと変換する。

 それが魔術の基礎にして極意。


 アドラの放った空牙は、その名の如く目に見えぬ獣の牙と化し、眼前の大樹を粉々に噛み砕いた。


「……まるで足りない」


 アドラの魔術の腕は劇的な成長を遂げていた。

 だがそれでもようやく並の魔術師に届いたかどうかという程度レベルだ。

 粉々に砕け散った大樹がその証拠。

 ガイアスの空牙は幹に小さな穴を空けていた。

 魔術とは極めれば極めるほどその規模が小さくなっていく。

 最大の力を最小の範囲に止め最高の結果を出すのが真の大魔術師というものだ。


「でもこれで行くしかない。いえ、これで行きます!」


 アドラは自らの未熟を嘆かない。

 たかだか一週間かそこらの修行で大魔術師になろうと思うのがそもそもおこがましい話なのだ。

 一切の魔術が使えなかった身からすればむしろ大躍進。

 地上最強にして最高の勇者が起こした奇跡といっていいだろう。


「ようやくガイアスさんの気持ちがわかりました。楽しいですね、魔術は。今のおれじゃ聖王に届かないかもしれませんが、あなたから学んだものすべてを出し切ります」


 努力は決して裏切らない。

 たとえ報われなかろうと努力した過程は記憶に深く刻まれ永遠に残る。

 血と汗を流して手に入れたモノは他人から見てどれほど矮小であろうと最高だった。


「はぁい、アドラちゃん。修行ガンバってるわねぇ」


 アドラがタオルで汗を拭っていると、オルガンが差し入れを持ってやってきた。

 バスケットの中にはサンドイッチとスポーツ飲料。

 ちょうど小腹が減っていたところだ。ありがたくいただこう。


「それともう一つ、努力するあなたに大事な差し入れ」


 オルガンはバスケットと一緒に腰に携えた剣をアドラに手渡した。

 鞘の中央に用途不明の大きな宝石がはめ込まれた不思議な剣だった。

 アドラが剣を鞘から抜くと頭の中に『声』が直接響く。


『我が名は 《アンサラー》 。貴殿の想いに応える者だ』


 ――こ、この剣はッ!


 アドラは試しに魔力を篭めて剣を軽く振るう。

 放たれた魔力の斬撃はあの日の聖王のように森の木々を軽々と切り裂いた。


「その魔剣はあなたの魔力の制御装置。並程度の魔術師にすぎないあなたを大魔術師へと引き上げてくれるわ。あたしが夜なべして造った魔導兵器の傑作よ」


 オルガンが自慢げに大きな胸を張る。

 結界に頼らず、結界以上に、アドラの魔力を制御する方法はないか。

 ガイアスがオルガンに相談して出した『答え』がこの魔剣アンサラーだった。

 アドラは歓喜にうち震えた。


「……ありがとうございます。これでおれも闘えます――あの怪物エリと!」


 剣を鞘に納めるとアドラは仲間たちに深々と頭を下げた。


 独りではどこにも届かない。だが仲間がいれば聖王にも手が届く。

 四天王たちとの絆はアドラが努力によって手にしたもの。

 アドラが持つ最も強く最も大切な力だ。


 努力は、決してアドラを裏切りはしない。

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