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希望与えし者

 先手を取ったのはエリだった。

 流れるような動作で剣を振るいアドラの肩口を狙う。

 アドラはそれをギリギリのところで受け止めて弾き返す。


「やるな。素人ではないようで安心したぞ」

「一応これでも王族なのでね!」


 渡された剣はエリの相棒。

 思いきり振るったところで彼女に致命的なダメージは入らない。

 そう判断したアドラは反撃を決意した。


 アドラとて元王族。剣は幼少期より死ぬほど習っている。

 昔取った杵柄で踊るように剣撃を放つ。

 しばらく剣から離れていたとはいえアドラの剣術は人並み以上。彼の豪腕から放たれる一撃の圧力は魔界屈指といっても過言ではない。

 しかしエリはそんなアドラの攻撃をまるで蠅でも落とすかのように軽々と捌く。


「ちィッ!」


 諸手による強烈な振り下ろし。

 しかしエリはあろうことかそれを片手で受け止める。

 斬った空が裂け、踏みしめた大地が割れ、森の生物が、大地の精霊が、恐怖に怯えて逃げ惑う。


 しかしエリ本人はビクリともしない。

 余裕の笑みを浮かべたまま、空いたもう片方の手をゆっくりと持ち上げていく。


 ――化け物め!


 常軌を逸した聖気の高まり。

 アドラは素早く飛び退き、遠間からガイアス直伝の空牙を行使する。

 危険な魔術だがこの怪物相手なら大事には至らないと判断した。


 掌に集まった拳大の悪意の塊がエリめがけてゆっくりと飛んでいく。

 厳密には空牙ではないが対象を跡形もなく滅する力を有している。


「こんなもの、わざわざ剣で捌くまでもない」


 弾速は遅く、避けるは容易。

 しかしエリは微動だにせず、その悪意の塊をあろうことか素手で掴んだ。


 次の瞬間――眩い閃光が疾り、万物に平等に死を与えるはずの悪威は消滅していた。


 聖王の聖気により浄化されたのだ。


「聖術ではない、魔術でもない。ただの魔力、ただの暴力――まさしく児戯よ。このようなものを実戦で使うとは、君は私をバカにしているのかい?」


 エリは不平を鳴らした。

 自分の術がどこまで通用するか知りたかったアドラだが、ここまで酷評されるとは思ってはいなかった。

 事ここに至り、アドラは相対する者が地上最強の勇者である事実を思い知っていた。


「では少し強めにいくぞ」


 エリが剣を大きく振りかぶる。

 長らく眠っていたアドラの危機感知能力がひっきりなしに警鐘を鳴らす。


「唸れ 《リントヴルム》 !」


 振り下ろされた剣から放たれし聖気は竜の爪となりアドラめがけて襲いかかる。

 アドラの魔力塊とは比べものにならないほど疾く、まるで生きているかのように不規則な動きを見せる。


 ――かわすのは不可能。


 そう判断したアドラは先ほどと同じく剣を盾にする。

 だがそれが悪手だった。


 聖王の手により更に高められた 《リントヴルム》 の聖気は《ヨルムンガンド》をはるかに凌駕していた。

 光の斬撃は《ヨルムンガンド》の防御壁を軽々とぶち抜きアドラの全身を貫く。


「がはァ!」


 アドラは血へどを吐き紙きれのように宙を舞った。

 激しく吹き飛び、木々をへし折り、岩壁に痛烈に叩きつけられることでようやくその勢いを止める。


「く……そぉっ!」


 岩壁に叩きつけられたこと自体はたいしたことはない。

 勇者の聖気もアドラには通用しない。


 だが聖王の聖気それは別格にして別次元。

 万物を滅する邪悪に伍する万物を浄化する神聖。

 対極する力の衝突による相克。

 さしものアドラもこれは堪えた。


「失敬、少々強めに放ちすぎたか。だがこの程度、君ならさほどでもあるまい」


 膝突くアドラを見下ろすアメジストの瞳。勇気と希望に満ち満ちている。

 アドラはそれを昏い眼でにらみ返す。


 その佇まいは優雅にして高貴。

 纏う聖気は燃え盛る大火の如き。

 悪しき者は近づくことすら叶わず。


 初代聖王エリスの再来。

 神にもっとも愛されし聖女。

 エルエリオンの象徴シンボル

 地上最強の勇者。


 数多の尊称を持つ生ける伝説が今、巨大な壁となってアドラの前に立ちはだかる。


 ――なめるなよ小娘。


 だがアドラとて空前絶後の大悪魔。

 この程度で音を上げるほどか弱い存在ではない。

 氷炎の瞳の最奥から漆黒の焔がほのかに煙る。


 ――お遊びはここまでだ。


 許せぬ正義を目の当たりにして赦されざる邪悪が鎌首をもたげる。

 今この時点より全力を以て聖王にも平等なる死を与える。

 抵抗の如何によってはソロネもろとも。


「興醒めだな。この程度でキレるとは。君は本当に幼稚だ」


 エリの一言でアドラはハッと我に返る。


 ――今、自分は何を考えていた?


「未熟者め。君が覚えるべきは我慢ではない。抑制と制御だ。自らの理性で力を完全にコントロールできるようせいぜい精進するがいい。それまで勝負はお預けだ」


 アドラの手から剣が離れる。

 意志を持つニ対の聖剣はすでエリの腰の鞘に収まっていた。


「目的はあえて聞かん。君の必死さから大事であることはわかった。為しとげたければ強くなれ。君が真の勇者となり再び私の前に立つ日を楽しみにしているぞ」


 その言葉を最後にエリは森を去っていった。

 アドラは彼女の後ろ姿をただただ呆然と見送るのみ。


 完敗だった。

 無力さに打ちひしがれるのはこれで何度めか。

 だが今までと違うのは胸の奥に灯ったかすかな熱。

 その熱は今は小さくともいずれ大きく燃え広がり彼を突き動かすことだろう。


 その熱の正体は『希望』。

 人々に希望を与えその心を奮い立たせる。

 エリとは、勇者とは、元来そういう存在なのだ。

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