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激突!

「凱旋早々に強い魔力を探知してな。急いで身支度してきたのだが、その様子だとどうやら侵略者というわけではなさそうだ」


 エリは優しく微笑みながらアドラを見つめる。

 その距離があまりに近くてアドラは思わず赤面してしまう。


「その力、人か魔か……いや、あえて種は問うまい。事情が聞ければそれでいい」


 髪から漂う匂いの甘さに耐えきれず、アドラは飛び退きすぐさま頭を下げた。


「ふ、不用意に近づいてしまい誠に失礼しました!」

「人の話を聞かない奴だな。ここで何をしていたかと訊いている。まさか土遊びをしていたとはいうまいな?」


 ――と、とんでもない事態になった!


 アドラは一瞬パニックに陥るが、すぐに千載一遇の好機だということに気付く。


「聖王様! 我らを何とぞお助けください!」


 アドラはとっさに膝をついてエリに直訴した。

 自分がルガウという島の王であること。島が大国間の戦争に巻き込まれかねない状況にあり、ソロネの庇護を求めていること。直訴しても聞き入れてはくれないと思い武闘大会に参加するべく訓練していたこと。

 話せる限りの事情を話した――が、しかしエリの反応は鈍かった。


「……他には?」

「え? いえ、これですべて、ですが……」

「先ほどの話もまるきり嘘というわけではないのだろうが、ソロネまで直訴に来るには今ひとつ動機が弱い。まだ何か隠していることがあるんだろう。君は嘘が下手くそだから丸わかりだ」


 ――墓穴!!


 嘘はついていない。

 だが隠し事があるのは事実。

 千載一遇の好機だと気が逸りそれが露見する可能性に思いが寄らなかった。

 無意識下に聖王の眼力を侮っていたのだ。


 ――どうする? どうする? どうする? どうする!?


 いっそ正直にすべて話すか?

 いやそれはダメだ。島が魔族に占拠されてると知られれば滅される。

 下手すれば魔界に攻め込んでくるかもしれない。


 アドラは全身汗だくになりながら最善の返答を必死に模索する。


「話せぬか? ならば身体に直接聞くしかあるまい」


 エリはか細い両腕を天使の翼のように大きく開いた。

 その動きでアドラはようやく彼女の腰に二対の剣が携えられている事実に気付く。


「実は初めからそのつもりだったのだがな。先ほどから 《リントヴルム》 がおまえと闘いたいといって利かんのだ」


 左側の剣がガタガタと小刻みに動いている。

 まるで生きているかのように。武者震いでもしているかのように。

 リントヴルムと呼ばれた細剣は勝手に鞘から飛び出しエリの手中に収まった。


「わっ、私はっ、聖王と争う気はございません!」

「君は本当に人の話を聞かないな。次に聖王と呼んだらさすがの私も怒るぞ」


 エリは右側の剣を鞘ごとアドラに投げ渡す。


「丸腰では不公平。我が愛剣 《ヨルムンガンド》 。暫く君に貸そう」


 アドラが剣を抜くとにわかには信じ難いほど大量の聖気が溢れ出した。

 これが聖王の聖剣――オキニスが持っていた剣とは比較にならない。同じミスリルソードでもここまで違うものなのか。

 だがしかし、アドラの頭に真っ先に浮かんだ感想は、世界最高峰の聖剣の素晴らしさを讃えるものではなかった。


「……これほどの聖剣に、なぜ忌まわしき邪竜の銘を?」


《ファフニール》

《アジ・ダハーカ》

《ヨルムンガンド》

《ヴリトラ》

《リントヴルム》

《テュポーン》

《ニーズヘッグ》

《リヴァイアサン》


 かつて魔王竜サタンと共に破壊と殺戮の限りを尽くした伝説の八邪竜。

 その内のニ体の名を聖剣に付けることにアドラは強い不快感を感じるのだ。


「私が自らの剣にどのような銘を付けようと私の勝手だろう」

「おれはそうは思いません。聖剣は魔を祓うため生まれしもの。それに悪しき銘を与えるのは剣が可哀想です」

「君は本当にお優しいな。だが要らぬ世話だ」


 エリはアドラに向けて軽く剣を振った。

 危険を察知したアドラはとっさに借りた剣を盾にする。

 放たれた聖気は斬撃となりアドラの頬と背後にある森林をズタズタに切り裂いた。


「我々はそうお上品ではない。力を誇り、強者に血湧き肉踊る、根っからの戦闘狂なのさ」


 ……なるほど、とんだお転婆だ。


 この中身で聖王などと呼ばれるのは確かに恥ずかしい。

 納得したアドラは盾にした剣を降ろす。


「くだらないケンカなんてやめましょう聖王……いやエリ。子供じゃないんだからさ」

「ようやく人の話を聞くようになったな。次は嘘をつくのをやめにしたらどうだ。君の本性はすでに顔に出ているぞ」


 指摘されてようやくアドラは自らが笑っている事実に気付く。

 とっさに口元を隠すが無意味な行為だった。


 破壊と殺戮の化身アドラ。

 聖王という同次元の強者を前にしてその本性がうっかり顔を出してしまったのだ。


「君も闘いたくてうずうずしてるのだろう。我慢は身体によくないぞ」

「……大人というのは我慢の生き物なんですよ。君みたいな子供にはわからないかもしれませんがね」


 アドラは怒っていた。

 自らの深い部分に無遠慮に触れられたことに。

 それ以上に、自らに届き得る彼女の強さに。


「私は我慢せずに力を振るい、今の地位と名声を得ている。君はその我慢とやらでいったい何を得た? 何を為せた? 大人とやらにいったい何ができる? 助けを求め、子供にみっともなく泣きつくことか?」


 これ以上、平静を取り繕うのは不可能だった。

 アドラの顔は生まれて初めて怒りで醜く歪んでいた。


「いい顔だ。ようやく君のことが好きになれそうだ」


 エリが優雅な所作で剣を上段に構える。

 それに応じるようにアドラもまた剣を正眼に構えた。


 天と地。

 聖と魔。

 善と悪。


 二つの頂点が今、神の大地で激突する。

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