運命の赤い糸
「やりましたよガイアスさん! できましたよ『空牙』!」
「やりすぎだこのアホがっ!!」
子供のようにはしゃぐアドラの頭をガイアスはぶん殴った。
相手がどんな怪物だろうと物怖じしないのが彼の長所だ。
「こんなもん武闘大会で使ってみろ! 危険極まりない魔族として即討伐対象だぞ!」
「そうなんですか? これでも気を使って力を抑えたつもりなんですけど」
これで手加減してるのか。もはや呆れるしかない。
「つうかアレは空牙じゃねえよ。ただ魔力の塊を投げつけただけだ。どれだけ威力が高くても勇者には通用しない」
――……のか?
ガイアスは自身の発言に心の中で疑問符をつけた。
今アドラが解き放った魔力は相性でどうにかなるような代物にはとても見えない。
だがこの世には自分の想像を絶する怪物がうじゃうじゃといる。
見たことがないほどに高レベルの勇者――たとえば聖王ならば、この悪意の塊すらもあるいははねのけるやもしれない。
修練は……やはり必要なのだろう。
「とにかく今のおまえに必要なのは魔力のコントロールだ! 明日から死ぬほど瞑想をさせるからそのつもりでいろ!」
ガイアスはアドラにそう告げて本日の修行を終了した。
このまま闇雲に続けるよりオルガンと相談すべきだと判断したのだ。
※
アドラは宿屋には戻らなかった。
自身が魔力で空けた大穴を独りぼんやりと見つめている。
「……この力、いったいどれだけ通用するんだろう」
事ここに至ってなおアドラは自分の力に自信がなかった。
多くの魔族が期待してくれている以上、強い魔力を有しているのはわかる。
だがそれをどうしても実感として持つことができない。
『ものさし』がないからだ。
強さとは相対的なもの。
どれだけ怪物的な力を持とうとも所属するコミュニティの底辺にいれば弱者。
自分が「強い」という実感を持つことはないだろう。
蟻より強いことを誇れる人間はそういない。
アドラはその真逆。
あまりに強く、圧倒的すぎて、周囲に自らの力を測れるモノが存在しないのだ。
天突く大山の頂に座する孤高の王。
人と蟻どころの話ではない。
視界にすら入っていない。
所属するコミュニティが存在しない。
常に独り。
故に自信が生まれない。
孤独は何も生みださない。
それはアドラの不幸であり世界にとっての幸福であった。
もし彼が人類というコミュニティに所属し、周囲が塵芥のごときか弱い存在だと理解してしまったらどうなるか。
本人がどれほど強く自らを戒めようとかならず驕りが生まれる。
その驕りはいずれ彼の人格を醜く歪めることだろう。
かつてのサタンのように――
故にアドラの所属できるコミュニティはクリエイティブな分野のみ。
次の瞬間までは確かにそうだった。
「そこの穴は君が掘ったのかい?」
声をかけられたのでアドラは振り向く。
そして彼女のまぶしさに一瞬、目を眩ませた。
ブロンズへアをシニヨンに纏めた小柄な少女だった。
白を基調とした清楚なドレス。肩には戦車に乗った天使の刺繍が施されてある。
均整の取れすぎた顔だちと華奢な身体つきは人間味がなくまるで精巧な人形のよう。
壮麗にして可憐。しかし儚さをいっさい感じぬはそのアメジストの瞳故に。
こちらをまっすぐに見つめる力強い双眸。
恐れを知らず。知らぬことを恐れぬ。真実だけを射抜く紫電の一閃。
これほどの存在感を放つ人物をアドラはひとりしか知らない。
「聖王! どうしてこのような場所に!」
「聖王はよせ。その呼ばれ方はあまり好かん」
「あ、いえ、しかしそれは……!」
「呼び捨てで構わん。これでも有名人だ。名ぐらいは知っておろう」
聖王エリ・エル・ホワイト。
人類の至宝は何食わぬ顔でアドラの横に並ぶと穴を指さして鼻で笑う。
「――児戯。直接出向いてこれでは物足りぬ」
アメジストの瞳が再びアドラに向けられる。
今度は吐息がかかりそうなほど間近で。
「君の力、まさかこの程度ではあるまい?」
孤高の頂に立つ悪と魔の王者アドラ。
彼女は彼の尺度足りうるもう一つの頂点。
世界最強の魔族アドラと地上最強の勇者エリ。
その出会いは偶然ではなく必然。
運命の女神がたぐり寄せた魔界と地上を繋ぐ赤い糸だった。




