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決闘

 アドラがいつもの時刻に入城するとすれ違う職員たちが気さくにあいさつしてくれた。


「どうも、おはようさん」

「ごくろうさま」


 アドラはそのすべてに丁寧にあいさつを返す。

 部下との触れ合いはアドラにとって数少ない癒しの時間だった。

 前職である仕立て屋も最初は村民たちと触れ合えるから始めたのだと思い出す。

 今は本気でハマってしまいデザイナーとして天下を穫りたいと思っているのだが。


「ほぅらね、舐められてるでしょ?」


 したり顔でやってきたオルガンにアドラは眉をひそめる。

 前回の洗脳騒動を解決するために余計な労力を使わされた身としては以前のように好意的には見られない。


「あたしたち四天王は畏怖の対象。見かけたら怯えて道を開けるのが正常だわ。ましてやヘラヘラ笑ってあいさつなんてしないしさせない」

「おれはこれでいいんですよ。部下に愛されるフレンドリーな四天王を目指します」


 それを聞いたオルガンは腹を抱えて大笑いした。

 さすがのアドラもこれには少しイラっとくる。


「まっ……どうせみんなすぐに思い知るか。確かに余計なお世話だったわねぇ」


 最後に意味深な言葉を残してオルガンは去っていった。

 いったい彼女は何が言いたかったのか。アドラは何度も首をひねる。

 その時、背後から突然何者かが勢いよくぶつかってきた。


「痛ぇな。通路の真ん中でボケっとつっ立ってるんじゃねえよ!」


 人の体に猪の顔を持つオーク種だ。

 身の丈はアドラの軽く倍以上ある。

 ぶつかってきたのは相手の方だったがアドラはすぐに平謝りした。


「謝って済む問題かよ。ちょっと面貸せや」


 しかしオークはまるで聞く耳を持たず、アドラの首根っこを掴んで闘技場まで強制的に連行した。


                   ※



 城内闘技場は兵の訓練施設であると同時に娯楽施設でもある。

 腕に覚えのある者同士が地位や名誉をかけて闘い合い、その勝敗に金銭を賭けることが公に認められていた。


「四天王に抜擢されるぐらいだ。当然強いんだろ。だったら稽古をつけてくれよな」


 突然決闘を申し込まれてアドラは蒼然とした。

 魔王軍では決闘が赦されているという話を聞いたことがあるが、まさかそれが自分の身に降りかかってくるとは露にも思わなかったのだ。


 オークはいつの間にか自分の身の丈ほどもある巨大なハンマーを装備していた。

 あれを振り下ろされたらひとたまりもない。

 稽古といいつつ殺る気マンマンだ。


「おおおお落ち着いてください! 話せばわかりますすすす!!!」


 落ち着いていないのはアドラのほうだった。

 助けを求めて周囲を見るが場内の兵士たちはすでに客席に待避していて二人の決闘を肴に賭け事を始めている。

 ちなみにオッズは10:1でオーク優勢。


 そうこうしている内にオークは凄まじい膂力で軽々とハンマーを振りかぶり、アドラの脳天めがけて無慈悲に叩き下ろす。

 観念したアドラは念仏を唱えて目をつぶった。


 しかし予想した衝撃はいっこうにやってこない。

 不可解に思って目を開けると、なぜか自分の頭を狙っていたハンマーの頭が溶けてなくなっているではないか。

 驚異からひとまず逃れて冷静になったアドラは暫くしてその理由に思い至る。


「結界を外すの忘れてた……」


 アドラは護身用に二つの結界を有している。

 その内の一つ《炎滅結界》の効果適用範囲内に入ってしまったのだ。

 忙しくてウッカリ結界を張ったまま寝てたことを今頃になって思い出す。

 アドラは大慌てで左眼に手を当て結界を解除した。


「てめえ何しやがった!」

「ははははっ。いやだなぁ、おれは、なっ、何もしてませんよぉ」


 アドラは白々しくしらばっくれた。

 ただでさえ金欠なのにハンマーの弁償まで加わったらたまったものではない。


「クソが、ぜってーぶっ殺してやるッ!」


 使い物にならなくなったハンマーを捨てて今度は素手で襲いかかる。


 オークの名はロドリゲス。

 魔王軍第二師団の師団長を務める剛の者だ。

 実力者故にすでにアドラの異常性には気づいていたが、それでもロドリゲスは闘うことをやめない。

 アドラ抹殺は大恩あるネウロイより与えられし絶対の使命だった。


 力任せに殴りつけた拳はアドラの顔面をとらえる。

 並の魔族ならこれで頭が潰れて絶命するが、ロドリゲスの拳はアドラの顔に触れた途端その動きをピタリと止めてしまった。

 手心を加えたわけではない。全身がまるで凍りついたかのように動かないのだ。

 それもそのはず、ロドリゲスの身体は実際ガチガチに凍りついていたのだから。

 あえなく氷の彫刻と化したロドリゲスを見てアドラは蒼ざめた顔でつぶやく。


「結界を外すの忘れてた……」


 翌日、入城したアドラを待っていたのは沈黙と拒絶だった。

 道行く魔族たちは皆アドラを見るなり道を開け、彼が話しかけようと近づこうものなら悲鳴をあげて逃げ出してしまう。

 魔王軍の師団長を瞬殺したという噂はすでに城内くまなく伝わっていた。


 ――若干の尾ひれがついて。


「なんでそうなるの……」


 こうなってしまってはもうフレンドリーな上司も何もあったものではない。

 アドラは独り呆然とその場に立ち尽くすしかなかった。

 世界最強の魔族アドラ・メノスの憂鬱はまだ始まったばかり。

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