凱旋
シュメイトクが木造の都市ならアーチレギナは石造の都市だ。
家屋から道路に至るまですべてが石で形作られている。
現在アドラたちが宿泊している宿屋の部屋に置かれた椅子とテーブルも真鍮製だ。
――実用性はもちろん、芸術的にも満点だ。
アドラはテーブルの出来映えに感心しながらオルガンとお茶を楽しむ。
「盛り上がってるわねぇ」
窓の外から市内の様子を伺っていたオルガンが呟いた。
武闘大会が近いということもあるが、先日近隣の魔族討伐に出かけた聖騎士団が帰還してきたのが主な理由だ。
「アドラちゃんも見ておいたほうがいいわよ。もしかしたら敵になるかもしれない」
「なりませんよ。絶対に」
アドラは断言した。
ソロネと戦争はしない。絶対に。
「変わってないわねぇ。安心したわ」
オルガンは微笑みを浮かべて視線を窓の外に戻す。
戦車に乗った天使が描かれたソロネ国旗。
その旗が市内の家中にずらりと垂れ下がっている。
キョウエンでのルーファス人気もすごかったがアーチレギナはそれ以上だ。
最強たる聖王とその手足たる聖騎士団を中心とした国家。
魔族討伐に派遣されるような下っ端だろうと国民総出で出迎えるのは当然……。
「え?」
ぼんやりと外を眺めていたオルガンは思わず目を丸くする。
「見なさいアドラちゃん。大本命のご帰還よ。まさか御自ら出陣してたとは……」
割れんばかりの国民の声援を受けて進軍する聖騎士団。
その先頭にいるのは紛れもなく聖王その人だった。
王家のみに着用を許されたブルーメタルの鎧を装備した聖騎士の少女。
その美貌は兜の隙間からでもわかるほど。
顔つきは思いのほか幼く年齢はまだ二十歳に届いていないかもしれない。
白馬に跨がったまま愛想よく国民たちに手を振っている。
「聖王エリ・エル・ホワイト。神に最も愛されし聖女。可愛い顔をしてるけど想像を絶する怪物よ。魔王軍でアレに勝てる奴はちょっと思い浮かばない」
「ガイアスさんでもですか?」
「まるで勝負になんないわね。一瞬で黒こげよ」
ガイアスが修行中で留守なのをいいことに言いたい放題だ。
だが彼女が纏う聖気の美しさを眺めているとあながち冗談にも聞こえてこない。
「聖王だけじゃないわよ。彼女には一歩劣るものの『第一級聖騎士』と呼ばれる歴代最強クラスのヤバい聖騎士が一〇人もいるって話も聞いてるわ。そしてその下にうじゃうじゃといる『第二級聖騎士』も十分にヤバい実力を兼ね備えている。まあそれをいいだしたら聖騎士団自体がヤバいんだけどね。何しろ入団条件が『 《エルライトニング》 を自在に操れること』だもの。なんと団員全員が高レベル勇者! ねっ、笑えるでしょ!」
オルガンはくすりとも笑わず鋭い視線でアドラを見据える。
「もし魔王軍がソロネは弱体化してると思っているようなら、それは大間違いよ。魔王軍は聖騎士団には勝てない。たとえ魔導兵器を用いたとしてもね」
確かに国家としての国力は年々低下している。
だがそれに反比例して勇者の質は向上しているというのだ。
そして近年エリ・エル・ホワイトという最高傑作を生み出した。
神に愛されし勇者の楽園ソロネ――敵に回すはあまりに愚か。
「……ちょっと外の空気を吸ってきます」
アドラは居ても立ってもいられずに宿を取びだした。
武闘大会までまだ時間はある。
こんなところでのんびりしてはいられない。
――強くなりたい。
アドラがそんな風に思うのは生まれて初めてのことだった。




