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ガイアスの決断

 ――りんりんりんりん。


 遠くから鈴虫の鳴き声が聞こえてくる。

 深夜の森の奥深く。四天王の三人で焚き火を囲って暖をとる。

 魔王軍関係者が見たら実にシュールな光景である。


「食え」


 ガイアスが焼いていた蛇をアドラに渡す。

 アドラは苦笑いを浮かべながら蛇にかじりついた。

 放蕩時代は野草を食んでいた時期もある。蛇ぐらいなんてことはないはずだ。


「どうだ?」

「悔しいけど嫁の料理より美味しいです……」


 蛇に限らず地上の食材は何でも美味い。

 魔界の生物は毒持ちが多くていけない。

 もっともアドラに毒の類はいっさい効かないのだが。


「先遣部隊に立候補するという話は聞いていたが、まさかソロネと同盟を結ぶつもりでいたとは驚いた」

「こっちもガイアスさんの地元がエルエリオンだったとはビックリですよ」


 出会ってすぐにアドラとガイアスは簡単な情報交換を行った。

 ガイアスは魔王城を出禁になってからすぐに転送魔法陣を使って一足先にエルエリオンまで飛んでいたのだ。

 軍がガイアスの行方を探しても見つからないのは当たり前。

 なにしろ本人が魔界にいなかったのだから。


「驚くようなことか。人狼族はもともと地上出身だ。エルエリオンの蒼月を見て魔狼に変化するという逸話を知らんのか」

「そういえばそうでした。でもガイアスさんは魔界でも魔狼になってましたよね?」

「蒼月の光は人狼の魔力を高めてくれるだけだからな。俺には関係ない」


 常日頃から魔力の鍛錬を欠かしていないガイアスだからいえる発言だ。

 強さにストイックなところは素直に尊敬できるしカッコいいと思う。


「そういえばお礼がまだでした。助けていただいて感謝します」

「助けたのはおまえじゃなくて同胞の方なんだがな。俺が止めなきゃ今頃皆殺しにされてたかもしれん」

「しませんよそんなこと……おれのこと殺人鬼か何かだと思ってませんか?」

「似たようなもんだろ。俺たち四天王って奴はな」


 若干自虐の入ったブラックジョークにお互い笑いあう。

 かつては水と油の関係だった二人だが、デウマキア戦争での対峙を経てすっかり打ち解けていた。

 たとえ一時敵対していたとしても共に同じ戦場に立てば戦友。

 ガイアスはそういう考え方をする男だった。


「……話はだいたい理解した。森を出たいというのであれば送ろう。森をはしる分には同胞は車よりよほど速いぞ」


 ガイアスは様子を見守っていた同胞に向かって大声で命令する。

 魔狼たちは少し戸惑ったがその後すぐに台車を用意してくれることになった。

 動力源はもちろん魔狼自身だ。


「助かります。でもいいんですか? 今のおれたちはルーファス様の意向に背いているかもしれないんですよ」

「だからあいつは関係ないといつもいっているだろう。年長者だから顔を立てているだけで立場は対等だということを忘れるな」


 いつもの口上。だが少し歯切れの悪いガイアスに違和感を感じる。

 アドラは意を決してそのことを指摘してみた。


「ではガイアスさんは? あなたは地上侵略についてどう思っているんですか?」


 アドラの質問にガイアスはなぜか答えることを躊躇した。

 しばらく間を置いてからぼそりとつぶやく。


「俺個人としては賛成だった」


 ――だった?


 なぜ過去形なのか。

 その答えはすぐに彼自身の口から明らかになる。


「俺たちの祖先はキュリオテスでの生存競争に負けて魔界へと逃げた。リベンジしたいという気持ちはもちろんある。魔界の同胞たちも交戦派が圧倒的大多数だ」

「だったらどうしておれたちに手を貸して……」

「だが地上の同胞たちは皆非戦派だ。交戦派など一人としていない」


 ガイアスの声には力がなかった。

 彼もまた人狼族の長として交戦派と非戦派の板挟みになっていたのだ。


「正直、魔界と地上でのあまりの温度差には驚いた。あいつら地上と交戦するなら袂を分かつとまでいってきている。それほどまでに人類を恐れているのだ」

「当然ですよ。魔界の魔族が人類に勝ったことなんて有史以来一度たりともないんですから。やたら戦いたがる魔王軍のほうがおかしいんですよ」

「……きっとその通りなんだろうな。忌憚のない意見が聞きたくて魔界の同胞に無断で単身、地上ソロネに訪れたが、ここに長居する内にだんだん非戦派の言い分も正しいと思うようになってきた」


 弱々しいガイアスの姿は見るに偲びなかったがこればかりは譲れない。

 むしろこの機に彼を仲間に引き入れてしまおう。


「一緒に魔王軍に反旗を翻しませんか。人狼族が抜ければ軍は機能しません」

「それはできない。さっきもいったが魔界の人狼族は地上侵攻に賛成だ。この流れは俺ひとりで止められるものではない」

「それでも止めなければ破滅を待つだけです! 長として一族を守りましょうよ!」


 アドラの懸命な説得に、しかしガイアスは首を振る。


「正直、頭の悪い俺には何が正しくて何が悪いのかよくわからん。だから我らの運命は賢いおまえに託すことにする」


 アドラが一月以内に聖王を説得し同盟を結ぶことができたら侵略を止める。

 そうでないなら地上の人狼と袂を分けてでも侵略する。

 それが答えに窮したガイアスが出した苦し紛れの返答かみだのみだった。


「……わかりました。ご協力感謝します」


 アドラはガイアスを責められなかった。

 自分が同じ立場なら、やはり決断を下すことができないだろうから。

 説得を断念したアドラは、用意してもらった台車に乗って森を抜けることにした。



                   ※



 アドラたちが森を抜けた頃にはすでに朝日が昇っていた。

 まばゆい光が広大な草原を照らしている。

 その素晴らしさに思わず息を呑む。


「なんて美しい光景なんだ」

「そうデスか? なんか眼がチカっとチカチカするんデスけど」


 感動の涙を流すアドラをよそに隣のサーニャは、まるでつまらないものでも見るかのように眼を細めた。


「正直アタシ、地上の何がいいのかよくわかんないんデスよネ」

「サーニャさんは生粋の闇の住民ですからね」

「やっぱり暗くてじめじめした魔界がサイコー☆。だからアタシ、魔界に不死人の国を建てるのが夢なんデスよ」

「いいですね。地上侵略なんかよりよっぽど健全だ」

「建国したらゾンビランドサーニャと名付ける予定デス」

「それだけは絶対にやめて」


 アドラは台車から降りるとここまで送ってくれた人狼たちに感謝の意を示す。

 朝になると人狼は力を失う。これ以上彼らに迷惑をかけるわけにはいかない。


「ここから先は徒歩だけど、めげずにがんばろう」

「いや、ここから先は俺が送ろう」


 声をかけてくれたのはガイアスだ。

 すでに人の姿を捨てて魔狼と化している。


「台車は返却するがおまえらなら不要だろう。背中に直接乗れ」

「いえ、そこまでしていただかなくても……」

「時間がないんだろ。いいから乗れ。つうか俺も同行するからな」

「すいません、ありが……え、ええ――っ!」


 アドラはビックリ仰天して後ろに飛び跳ねた。


「い、いいんですか? 勝手に里を離れちゃって……」

「すでに地上の長には連絡を入れてある。ぶっちゃけ里では腫れ物扱いされてたから内心では歓迎されてるよ」


 そういってガイアスはゲラゲラと笑った。


「おまえに運命を託した以上、俺自身も行かずしてどうする。微力かもしれんがこの一月、全力でサポートしよう。天命は人事を尽くしたその先で伺う――違うか?」


 ――おっしゃる通り。


 ようやく迷いの晴れたガイアスを見るとアドラも嬉しくなってくる。

 それでこそ四天王最強のおとこだ。


「では遠慮なく頼りにさせてもらいますよ」


 アドラはサーニャと一緒にガイアスの背中に飛び乗った。

 ガイアスの背中は広くて温かくてなかなかいい乗り心地だ。

 これは快適な旅路になりそうだ。


「全力で行く。しっかり掴まってろ」

「いえ、そこまで急がなくてもいいいいいいいぃぃでぇぇすううううぅぅっ!!」


 二人が乗ったと同時にガイアスは遙か広がる草原を全力で駆けだした。


「ぐえぇ――――――――ッ!!!」


 風が清々しいとか風景が綺麗だとかそんな感想をいってる余裕はない。

 ただただ振り落とされないよう必死にしがみついているのが精一杯だった。

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