ソロネ上陸
草木も眠る丑三つ時。
オースリア大陸の西端にある名もなき沿岸部。
そこに小型の魔導ボートを停めてアドラたちは上陸した。
「……めっちゃ時間かかったね」
アドラはげっそりとした顔でそういった。
高速船を選んだつもりだがそれでも到着まで一日がかりだ。肉体的にはそこまで問題はないが波にガンガン揺られ続けていると精神的にはかなり堪える。
最初は美しいと思っていた海もさすがにもう見飽きた。
島への帰還時にもう一度使うことになるかと思うとげんなりする。
「地獄に行く時も船は使ったけど大型の豪華客船だったからなぁ。あの時はお金がもったいないと思ってたけど色々と納得したよ」
「海の藻屑にならなかっただけツイてますよ。帰りは大型船で帰れるといいデスねー」
アドラの愚痴を聞きながら、サーニャは魔力で魔導ボートをルガウ島へと返還した。
返還されたボートは再び魔力をチャージして再度呼び寄せることが可能だ。
「めちゃくちゃ便利ですね、サーニャさんの 《神の見えざる指》 。船でも剣でも無生物ならいくらでも出し入れ可能なんて」
「魔王城とルガウ島の倉庫内限定デスよ。それもあたしの魔力でひっかけられるサイズまで。あまり過信されても困りますデス」
今度は何もないところから小型の魔導車をドンと取り出す。
サーニャは謙遜しているがとてつもない大魔術だ。彼女がいなければたった二人でソロネに潜伏する作戦は到底実行不可能だったであろう。
「魔界から君を連れてきて本当に良かった。これからも頼りにしてるよ」
「ふっふーん、もっと褒めてくださいですデスぅ。ではそろそろ出発するんで車に乗ってくださーい」
サーニャに促されてアドラは魔導車の助手席に乗る。
アドラがシートベルトを締めるのを確認すると、サーニャは鼻歌を歌いながらアクセル全開で車をぶっ飛ばした。
そして速攻で事故った。
※
大樹にぶつかりボンネットから煙を吐く魔導車を見てアドラは茫然自失に陥る。
「どうしてこんなことに……」
「てへペロ☆」
――てへペロじゃねえよッ!
「だから森の中は危ないから気をつけて運転してっていったじゃない! 島に車はあれ一台しかないってのにこれからどぉ――すんの!?」
「まだ慌てるような時間じゃないデス。まずは落ち着いて一泊、ですデス」
これ以上サーニャを責めても事態は好転しない。
アドラは地図とコンパスを取り出し現在位置を確認する。
沿岸部はすでに抜けているのでニリスの森のどこかにいるのだろう。
このまま西進して森を抜ければソロネ領のどこかには出るだろう。
そこから道を探し町を見つけ馬車を借りて首都アーチレギナを目指せば武闘大会には間に合うだろう。
すべて『だろう』である。
実際は迷子も同然でこの森から出られるかどうかも怪しかった。
車でさっさと森を抜けるつもりでいたアドラにとってこれは手痛いロスタイム。
とはいえ焦燥感に駆られて急ぎすぎるのもよろしくない。
車のライトがイカれてしまい今は明かりもなく足下もおぼつかない。
サーニャのいう通り一泊して朝になってから行動したほうがいいだろう。
「サーニャさん、テントを出してください。ここで野宿しましょう」
「その前にひと仕事あるデスよ」
サーニャが鋭い視線で周囲を警戒する。
それに釣られてアドラも適当に辺りを見渡した。
闇の中でギラリと光る血に飢えた眼。
数えるのも億劫な、それらの視線がすべてアドラに向かっていた。
強靱な四肢と鋭い牙。
銀色に輝く獣毛。
魔狼の群れだ。
彼らが森を根城にしているのは地上でも変わらないようだ。
「……またか」
アドラは放蕩時代を含めると数え切れないほど多くの悪漢に襲われている。
逃げたり撃退したり――対応は様々だが、襲われるのは決まって夜中だ。
彼らはなぜ夜に襲うのだろうかとアドラはいつも疑問に思う。
別に朝でも昼でもいいじゃないかと。
むしろ明るいほうが襲いやすい気もするのだが。
――いや、今はそんなことどうでもいい。
アドラはくだらない疑問を捨てて迎撃体勢を取る。
結界がある以上、彼らは驚異足りえないが、できれば穏便に済ませたい。
「待て。そいつらは俺の客だ」
今にも襲いかからんばかりの魔狼たちを止める鶴の一声があった。
殺気立っていた魔狼たちから一瞬の内に戦意が消える。
いったい何者だろうかと眼を凝らすと、森の奥からにわかには信じ難い人物が姿を現した。
「奇遇だなアドラ。なんでこんなところにいるんだ?」
「それはこっちの台詞ですよ……ガイアスさん」
ガイアス・ヴェイン。
四天王の一角にして魔王軍最強の人狼族の男。
現在謹慎中の彼がなぜ地上に居るのか。
果たしてこの再会を喜んでいいものか――今はまだ判断材料が足りていない。




