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淫魔の女

 三日がかりの大仕事になったゴブリンキングとの対談をどうにか終えたアドラは、疲れのあまり机に突っ伏した。


 東の洞窟に巣喰うゴブリンの掃討作戦。

 待ったをかけたアドラは直接交渉に赴いたが、ゴブリン種は総じて知性が低く会話をするのもひと苦労。

 しかしねばり強く交渉を続け、どうにか『近隣の町を襲うのは迷惑だからやめよう』というごくごく当たり前の話を飲み込ませることには成功した。

 交渉は今後も継続しなければならないが、ただ頭が悪いだけで根は意外と善良そうなので、そこまで大事には至らずに済みそうなのが救いだ。


「ねえゲルダさん、ネウロイさんはこういう時どうしてたの?」

「書類にサインを入れてそれでおしまいです」

「軍の司令官としてはそっちのほうが正しいのかな」

「いえ、個人的にはアドラ様のほうが正しいと思います」


 後学のために聞いたがまったく参考にならなかった。

 秘書が自分のやり方を認めてくれているのが唯一の慰めだ。


「でもこんな調子じゃ時間がいくらあっても足りないよ」


 ゲルダの持ってくる案件は数こそ少ないが悉く血生臭いものばかり。

 大規模な武力行使が必要なものはすべて重要案件なので当たり前の話なのだが。

 魔王軍にとって暴力など日常茶飯事なのだろうが、今まで平和に生きてきたアドラにとって、自分の命令で誰かが死ぬという事実は耐え難いものがあった。


 しかし周囲は基本的にさっさとサインしろの一点張り。

 よってアドラは今後も自ら現場に出向くしかない。

 今後シュメイクへの遠征も控えているため、どうにかスケジュールを開けようとがんばっているのだが……。


「はぁい、アドラちゃん。元気してるぅ?」


 ノックもせずに元気よく入ってきたのはサキュバスのオルガンだ。

 ウェーブのかかったピンクのロングヘアーが自慢の妖艶なる美女。

 チャームポイントは右目の下にある星形のホクロだそうな。

 いつも黒のビキニのような服を着ているためアドラは目のやり場に困ってしまう。

 まるで娼婦のような外見だがこれでも歴とした四天王のひとりだ。


「見ての通り、あまり元気ではないかもです」


 アドラは苦笑いながら正直に答える。

 柔らかい雰囲気を持つオルガンはアドラにとって話しやすい人物だった。

 ここだけの話、顔もわりと好みのタイプだ。

 服装さえまともなら一目惚れしてたかもしれない。


「忙しいみたいねぇ。ネウロイの奴はいつもヒマそうにしてたのにぃ」

「おれは新入りですから。勝手がわからないだけですよ」

「アドラちゃんは真面目なのね。そういうとこあたし好きよ」


 オルガンはポッと出の田舎者であるアドラにもフレンドリーに接してくれる。

 ゲルダに魔王軍に常識人などいないと脅されていただけに嬉しい誤算だった。

 ただちょっと距離が近すぎる気がしないでもないが。


 アドラにはすでに愛する妻がいる。

 好みのタイプとはいえもちろん不貞は犯せない。

 ここは我慢の子だ。


「だからアドラちゃんの気苦労を少し減らしておいてあげたわ」


 吐息が顔にかかりそうな距離で甘くそう囁いた。

 最初は何をいってるのかわからなかったが、翌日になってその言葉の意味を理解すると、アドラは大急ぎでオルガンを呼びつけた。


「オルガンさん、うちの部下を洗脳するのはやめてくださいっ!!!」


 司令部には多くの補佐官がいるのだが、そのすべてに強力な魅了の魔術がかけられていたのだ。

 魔術に聡いアドラはこの異常事態を瞬時に看過し犯人も特定していた。

 一晩のうちに何百人もいる補佐官すべてに魅了洗脳をかけられる魔族などサキュバス族の中でも一握りの猛者しかいない。


「知ってる? アドラちゃん部下に舐められてるのよ。だから忙しいの。誰もサポートしてくれないから」


 もちろん知っているがそれは当然のことだと受け入れていた。

 がんばって働き続ければいずれはわかってくれるとも。

 いずれにせよ洗脳などという非人道的な手段とうてい許容できない。

 アドラは懸命に道理を説く。

 しかしオルガンはさもおかしそうに笑いながら、


「どうでもいいじゃない。あんなゴミどもの人権なんて」


 洗脳魔術で四天王にまで上り詰めた天才淫魔に他者の心などわかるはずもない。

 やはり四天王に常識人なんていない。アドラは呆れて肩を大きくすくめた。


 何かの間違いで狂った環境に放り込まれてしまった。

 しかし朱に染まって赤くなりたくはない。偉大な両親の名誉を傷つけぬためにも自分だけは最後まで正常でありたい。

 アドラは改めて強く心に誓うのだ。

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