戴冠式
城下に集まった島民たちをバルコニーから見下ろす。
緊張のあまりアドラの心臓は今にも飛び出しそうだった。
本日は新王の戴冠式。
島民に広く顔を知ってもらい今後の政策について語る場だ。
初代ルガウ王はルーファス。
彼が魔界に戻って以降、長らく空位だった島に新たな支配者が誕生するのだ。
島民たちの不安は想像に難くない。
彼らの懸念を払拭し、共存共栄の未来を語り、信頼を得ねばならないのだ。
責任重大すぎて胃に穴が空きそうだ。
民草の注目がアドラに集まる。
いつまでも黙り込んでいるわけにはいかない。
アドラは意を決して口を開く。
「私の名はアドラ・メノス。先王より冠を賜り二代目ルガウ王に就任しました」
声が少し上擦っているが気にしている余裕はない。
ネウロイから多少は謙虚な感じで構わないといわれているのが唯一の救いだ。
「まず最初に諸君らに謝らなければいけません。長期に渡る王の不在により国内に混乱が生じてしまったことを」
アドラは島民に対して深々と頭を下げる。
「私が王に就任した以上、もう諸君に要らぬ負担をかけることは決していたしません。襟を正し誠意を以て政務を行うと今ここに誓います」
部下の魔族、そして城下の民草からも大きな拍手が巻き起こった。
アドラの演説に感動したからではない。
彼らはルージィに頼んであらかじめ用意してもらった『さくら』だ。
何をしゃべろうが必ず拍手し声援を挙げてくれる。
戴冠式をシラケさせるわけにはいかないから当然の処置なのだが……仮初めの人気にアドラは複雑な気分になる。
自分が縫った服をお世辞で無理やり褒められているような感覚。
とてもじゃないが心地のよいものではない。
アパレル企業の面接官の忌憚なき意見のほうがまだ耳障りがいいぐらいだ。
「人間と魔族が手を取り合って生きていける。そんな世界を私は目指します!」
戴冠式は盛況の内におわった。
もっともすべてさくらのおかげなのだが……それを本物にしていくのがアドラのこれからの仕事だ。
※
式を終えたアドラは視察と称して島内を見て回ることにした。
これも王の顔を認知してもらうための大事な業務のひとつだ。
アドラは似合いもしない白馬に乗ってサーニャを筆頭とした腹心の部下を引き連れて島内を巡回する。
こうしてじっくりと島内の様子を観察するのは実は初めての経験。
今まで見えなかったものが見えてくる。
最初に感じたのはやはり生活レベルが低いという事実だ。
木造の家ばかりなのは仕方ないとしても、雨風を防げばいいというだけの掘っ建て小屋が実に多い。地震がきたら瞬く間に全壊するだろう。
道行く人々の身なりも貧相。飢えた物乞いもよく見かけた。
アドラは彼らのことを哀れむが、決して施しを与えたりはしない。
財を分け与え貧民を一時救ったところで何も変わりはしないと知っているからだ。
幸い国庫は潤沢。政策さえ変えれば島内環境はすぐに改善されるはずだ。
今は我慢するしかない。だがすぐにみんなを救ってみせる。
アドラが決意を新たに巡回を続けていると馬路を阻む者たちがいた。
足の悪い老女とそれを介護する中年女性だ。
老女がつまづいて転んでしまい通行の邪魔になっているのだ。
「無礼だぞ貴様! この御方をどなたと心得る!」
部下が老女を排除しようとするがアドラはそれを手で制する。
「大丈夫ですかお婆さん。お怪我はありませんか?」
アドラは馬から下りると老女に駆け寄る。
老女が足が痛くて立てないと申告するとすぐに抱き抱えて道端へと移動させる。
「気をつけてくださいね。それとわずかですがこれを……」
包帯を足に巻いて応急処置を施すとアドラは持っていたパンを老女に差し出した。
涙を流しながら感謝する老女にアドラは笑顔で手を振って馬へと戻った。
施しはしないと誓った矢先にどうしてしたのかというと今のも『さくら』だからだ。
島民に慈悲深い王をアピールするためのネウロイの差し金だ。
当然足など悪くない。相応の給金を払って口止めもしてある。
嬉しくもないのに涙まで流す演技派だ。将来は女優になれるかもしれない。
――勘弁してくださいよネウロイさん。
アドラは内心頭を抱える。
地獄の戒律に従い正直に生きてきたアドラにとって『騙す』という行為は家臣たちの想像よりはるかに大きなストレスだった。
だがそれでもアドラはネウロイの策を決して却下しない。
たとえ嘘と欺瞞の罪で地獄に墜ちようとも、アドラはこの目に映るすべてを救うと決めていたからだ。
その決意だけは間違うことなき真実だと胸を張っていえた。
しかし城に戻った後アドラは、自分で了承したにも関わらず、さくらを提案したネウロイにぐずぐずと文句を垂れた。
王足りうる器を持ってはいるのだが、最後はどうにも締まらない男である。




