島内環境改善緊急会議
暗殺者を全員拘束して地下牢に放り込んだアドラは、少し仮眠を取ってから緊急会議を開いた。
「それでは第一回島内環境改善会議を始めます!」
会議の開催と同時にシゲンがテーブルを蹴りを入れてきた。
「こっちは今から大国と闘り合わんといかんのにくだらん会議を開いてる場合か。舐めたことを抜かすとぶっ殺すぞ!」
あまりの剣幕にアドラはおじけてしまう。
初めて会った頃はクールなイメージだったが今ではその逆だ。
「だからこそですよ。仮にソロネと同盟を結んだとして、魔族が島内の住民を虐待してたら相手はどう思うと思います?」
「我々は武力を以て連中を従えるのだ。人間など虐げてやるぐらいでちょうどいい」
ダメだこれは話にならない。
アドラは助け船が欲しくてロドリゲスに目配せする。
「控えろシゲン。会議中だ」
ロドリゲスはアドラの期待にすぐさま応えてくれた。
怒り心頭で立ち去ろうとしたシゲンと彼の派閥をどうにかなだめて席に座らせる。
彼は大柄で無骨な顔のわりに気配りがよく利くので本当に助かる。
やはり魔族は見かけで判断してはならないのだ。
「ロドリゲスさん助かります」
「これはこちら側の非。礼をいわれるようなことではありません」
――こりゃおれが仕切ってもダメだな。
ロドリゲスのおかげで会議は続行できるが、己の求心力のなさを悟ったアドラは、やはりネウロイに頼ることにした。
四天王の頂点にして部下からの信頼も厚い彼をどうにか説得して島内での人間虐待にストップをかけるしかない。
「この件につきましてネウロイさんはどうお考えですか?」
「ああ、それについてはもう終わっておる」
終わっているとはいったいどういう意味だろうか。
暗殺者の話を聞く限り島内環境はかなり終わっているが。
言葉の意味がわからずアドラは聞き返す。
「わしの持ってる人脈を使って人間に対する奴隷じみた過酷な労働をひとまずストップさせた。他にも最低賃金の向上や税制の改善案等もここにまとめてある」
ネウロイから渡された報告書に目を通してアドラは驚く。
それはたった一晩で作ったとは思えぬほど完璧な政策だった。
「大国との同盟前に島内環境改善など当然至極。今晩の会議で報告するつもりだったが前倒しになったわ。おかげでわしはまだ寝とらんのだぞ」
「ネウロイさん……いえネウロイ様、おれあなたに一生ついていきます!」
アドラは歓喜の涙を流してネウロイに抱きついた。
「離さんか気色が悪い!」
ネウロイに小突かれてアドラはおとなしく席に戻る。
魔王軍に入って初めて話の解る魔族に出会ったかもしれない。
魔王の右腕として多くの魔族から信頼され慕われてきた理由が心から理解できた。
無理をいって牢から連れ出してきて本当に良かった。有能万歳。
「やっぱりネウロイ様がリーダーをやったほうがいいんじゃ……」
「一度それをやって失敗しておる。つまりわしは器ではないということだ」
ネウロイは細い爪でアドラを指さす。
「だからそっちはおまえの仕事だ。おまえの命で政策を実行し、おまえの声で島民たちの人心を掴め。『王』としての器をわしに見せろ!」
アドラは苦笑いを浮かべてうなづいた。
どう考えても分不相応な要求だがやるしかない。
ネウロイは嘆息して天を仰ぐ。
「最初は共に闘ってくれた仲間たちに労いをと思って始めたことだった。富を与え女を与え地位を与えて支配させた。与えるわしもそのままというわけにはいかんから一緒に偉くなっていった。そんな事を何年も何十年も何百年も何千年もやっている内に、気づけば自分でもよくわからんおかしな生き物になっていた」
ネウロイの言葉をアドラは神妙に聞いていた。
それはまさに古き王族の悪しき歴史そのものだった。
最後の王族として他人事では済まされない。
「今ここにきてようやく目が醒めたわ。良い夢……いや悪夢だったのかもしれんな。とにかくわしはもう二度と四天王には戻らん。魔軍参謀がわしの生涯だ」
夢の続きは若者に託す。
ネウロイはそういって緊急会議を打ち切った。
それは引退宣言ではなく生涯現役宣言だった。
「若輩者ではありますが、必ずやご期待に応えてみせます!」
今度はハッキリとそう答えた。
アドラに託されたものはあまりにも重い。
だが、だからこそやりがいがあるというものだ。
ここまで期待されてヘタれていたら男が廃る。
「ああ、先にいっとくが滅茶苦茶大変だから覚悟しとくといいぞ。何しろウン百年単位で虐待してきたからな。いきなり待遇を良くしたから許してねで納得するわけがない。クーデターだって過去何度も起きとるしのぅ」
「わかってるなら、なんでそんなになるまで放置しておいたんですか……」
「だからおかしくなってたというとるだろ。対応するのが面倒臭かったんだ。潰れたなら潰れたで別に構わんと思ってたし下手に触れたらわしの責任になっちまう。だからまあ、後は全部頼むわ。わしは参謀だから策を出すだけよ」
ネウロイはケラケラ笑いながら会議室を出て行った。
さっきは何やらカッコいいことをいっていたが、単に責任を負いたくないだけかもしれない。
……でも、お元気そうで何よりです。
楽しそうに策を練るネウロイを見ているとアドラもつい嬉しくなってしまう。
かつて反王族軍の参謀として辣腕を振るっていた頃もルーファスとこんな感じのやりとりをしていたのだろうか。
ネウロイも、そしてルーファスも、戦場でしか輝けぬ英雄なのかもしれない。
そんな風に思うとルーファスが戦いを求める気持ちが少しだけわかってしまうのだ。
もちろん、わかったからといって同調などできるはずもないのだが。




