襲撃
ルガウ島はアトロポス海の端にある小さな小さな孤島だ。
地理的には世界第三位にして『蛮族の国』と悪名高いキュリオテスの支配海域にあるが認識はされていない。
そこからアドラたちは世界にうって出る。
「……ダメだな。どう考えても勝ち目はない」
マーガレットより譲り受けた書斎でアドラは頭を悩ませる。
書斎の本棚をどれだけ調べてもソロネ攻略の糸口すら出てこないからだ。
「もともと正面からぶつかる気なんてないけど、兵を動かすこと自体がまずいのかもしれない」
独り言ではない。
書斎にはお茶を持ってきてくれる秘書のサーニャがいる。
もっとも彼女は戦略的な話にはまったく興味がないので独り言も同然なのだが。
アドラの計画を成就させるには魔界に匹敵するこの大国をどうにかして後ろ盾につけなければいけない。
そのための手段として魔王軍の脅威を見せつけるというのがあったのだが、どうにもこれ自体が下策のように思えてならない。
魔界はサタンショックによる兵器発展により文明レベルだけはエルエリオンを上回っている。
ならばそれを全面的に押し出していくという戦術は妥当――という考え方に縛られすぎているのだ。
今まで地上を侵略しようとした数多の魔王と同じ轍を踏んでいるとしか思えない。
だったら他にどんな手段があるんだと問われるとほとほと困ってしまうのだが……。
「外の空気を吸いにいこう」
このまま書斎に居てもいいアイディアは浮かんでこない。
アドラは気分転換に散歩することに決めた。
書斎を出るとサーニャも一緒についてきた。
「サーニャさんはもう寝ていいですよ」
「不死人は寝ませんデスよ。それにアタシはアドラ様の護衛も兼ねてますので」
本当にいい娘だとアドラは感動する。
話し相手がいたほうが脳が刺激されて何かいいアイディアが浮かぶかもしれない。
アドラはサーニャの申し出をありがたく受けることにした。
※
真っ暗な夜の森を二人きりで歩く。
エルエリオンでも森の中は魔界とさして変わらない。
イザーク城は内陸部にあるため海が見えないのが残念だ。
魔界の黒ずんだ海よりもエルエリオンの澄んだ碧海のほうがはるかに美しい。
「今更ですけどサーニャさん、おれたちに荷担しちゃっていいんですか?」
すでに意思確認は済ませていたが、それでもアドラは再度申しなさげに尋ねた。
「いいデスよー。別にルーファス様を裏切ろうってわけじゃないデスし」
「いやそうなんだけど、ルーファス様の意にそぐわないことをしてるかなぁって」
「ルーファス様は昔からいってました。自分の命令をただ実行するだけのでくの坊は要らないって。むしろ喜んでくれると思いますデス」
「そ……そうかなぁ……。バレたら絶対怒ると思うんだけど……」
「それにアタシはいいと思いますデスよ。ソロネと同盟関係を結ぶって話」
アドラ的には意外な発言だった。
作戦に興味を示してくれたことももちろんだが、どうにも彼女には戦闘狂のイメージがある。
エルエリオンとの全面戦争は望むところだと思っていたのだ。
「アタシ地上にはキョーミないデスし、勇者の相手もニガテでーす」
「ああそういうこと。勇者はみんな光属性だものね……」
神の加護を受けた勇者の攻撃を受ければアンデッドのサーニャはひとたまりもない。
できれば闘りあいたくはないと思うのは当然か。
「アタシ喧嘩は大好きデスけど勇者とは喧嘩にならないから結構デス。なので今回の作戦はわりと応援してますデスよ」
「そうだったんだ。それじゃあ期待に応えられるようにがんばるよ」
アドラはとりあえず愛想笑いを浮かべておいた。
作戦を完遂するためには最悪エレベーターの占拠等の反逆行為を行う可能性もあるのだが、それは黙っておいたほうがいいかもしれない。
「サタンを倒すために地上侵略っていう論理がそもそもおかしいんだ。力を貸りたいなら同盟を結べばいいだけ。そのことをルーファス様に身をもって……」
「アドラ様、お気をつけください。囲まれてますデスよ」
サーニャがアドラの言葉を遮り警戒を促す。
アドラは周囲を見渡すが暗いせいか特に人影のようなものは見えなかった。
「気のせいじゃない?」
「鈍すぎデス。明け方前を狙ってくるなんて明らかに計画的犯行。攻撃許可を」
外敵という概念が存在しないアドラの危機感知能力は果てしなく低い。
ここはサーニャに任せるのが一番だろう。
「許可する。だけど殺すのはダメだよ」
「めんどいデスけど了解しました」
サーニャはどこからか馬鹿でかい大剣を取り出すとそれを軽々しく上段に構えた。
「さー雑魚ども、どっからでもかかってこいデース☆」
挑発と同時に暗闇から三人の暗殺者が飛び出してきた。
全身黒ずくめの格好で逆手に持ったダガーにも消光処理。顔も黒で染めた包帯で覆い隠されている。
機敏な動きからかなりの手練れに思われるが当然サーニャの敵ではない。
大剣の一振りであえなく全員ふっ飛ばされる。
「ちょ、ちょっと! 殺したらダメっていったじゃない!」
「死んでませんデスよ。安心せい、ただの峰打ちデース」
所有している大剣はどこからどう見ても両刃である。
いったいどこが峰打ちだというのか。
だが倒れた暗殺者の身体を調べても斬傷はない。全員気絶しているだけだ。
わけがわからない。
だが生きているのならとにかくオーケーだ。
アドラは考えるのをやめた。
「マジカル☆サーニャソ――――――――ドっっっ!!!」
アドラが思考を停止させている間にもサーニャは襲いかかる暗殺者を次々と返り討ちにしていく。
気づけばあっという間にすべての暗殺者を叩きのめしていた。
わかってはいたもののすさまじい強さだ。
「そして朝日をバックに決めポーズ。これぞまさにサンライズ立ち!」
「そういう発言は色々と危険だからやめてください」
サーニャにいわれてすでに朝日が昇っていることに気づく。
なんという美しさだ。徹夜で疲れた身体を癒してくれる。
だが時が経つと完徹したという事実に気づいて少しだけ憂鬱になったりもした。
「この人たち、なんで襲ってきたんですかね」
「なんでデスかねー。直接聞いてみてはいかがDeathか?」
アドラはこの島に来たばかり。
恨みなど買っているはずがないのに襲われた。
人違いか。それにしては襲撃に迷いがないのだが。
まあサーニャのいう通り直接聞くのが一番か。
アドラは一番最初に吹っ飛ばされた暗殺者を拘束してから叩き起こす。
叩き起こすといっても顔をぺちぺちと軽く叩いただけなのだが……幸いそれで目覚めてくれた。
「あの……すいません。なんでおれ、あなたたちに襲われたんでしょうか?」
「邪悪な魔王め! 貴様から必ずこの島を取り戻してやる!」
王は王でも魔王じゃなくて四天王なんですよ――などといえる雰囲気ではなかった。
聞けば島内の人間は突然侵略してきた魔族に長年虐げられているとのこと。
今回魔界から島を統べる王がやってきたと知らされ、千載一遇の好機を掴むべく暗殺部隊が雇われたそうな。
アドラは大きなため息をついた。
ソロネだのエルエリオンだの壮大すぎる目標に頭を悩ませる前に、どうやら足下をきちんと固める必要があるようだ。




