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波乱の幕開け

「いぃぃぃ――――ぃかげん大人になってくださいよあなたたち! ケンカするなら闘技場とか然るべき場所があるでしょぉぉぉぉ――が! 死者が出なかったのは不幸中の幸いでしたけどね、食堂めちゃくちゃでしばらく使い物になりませんよッッ!!!」


 魔王の命を受けて慌ててやってきたアドラは開口一番オルガンたちを怒鳴りつけた。

 怒りのあまり決して漏れてはならないヤバい魔力がだだ漏れだ。

 恐れ知らずの四天王ズもこればかりは恐縮するしかない。


「なぁぁぁぁぁんでおれがルーファス様に謝らなきゃいけないんですか! めちゃ怖い顔でにらまれてくっそビビったんですよぉ!? しかも後始末からあなたがたの処分に至るまでなぜか全部おれがやらないといけないんです。これでも忙しい身の上なんで、余計な仕事増やさないでくださいよ頼みますから!!」

「お、落ち着いてアドラちゃん……そんな青筋立てて怒らなくてもいいじゃない。機嫌悪いみたいだけど何かあったの?」


 オルガンに指摘されてアドラはハッと我に変える。

 昨夜のルキフゲのせいでいささか神経質になっていたかもしれない。


 ……しれないが、怒って当然の場面だろここは。


「いちおうこれでも魔軍総司令なので。今後の魔王軍は市民の模範となる立場。叱るべき時にはきちんと叱りますよ」

「あいわらずマジメちゃんねぇ。あんまりガミガミいってると女の子にモテないわよ」

「あなたがたが不真面目すぎるだけです!」


 軽口を叩きながらもオルガンが嬉しそうにしているのをガイアスは見逃さない。

 どうやらマジでアドラに惚れているようだ。


 ――まあいい。

 あの淫魔がどこの誰に惚れていようがどうでもいい話。

 そんなことよりガイアスはどうしてもアドラに話さねばならないことがあった。


「今回の件は俺たちが全面的に悪かった。食の場を大事にするのは人狼族も同じ。深く反省しているし落とし前は必ずつける」

「そうしていただけると助かります」

「だからおまえも約束は必ず守れよ。例の件、忘れたとはいわせないぞ」


 例の件とはデウマキア戦争の時にガイアスと交わした約束だ。

 人狼族の最強を証明する方法とのことだが……。


「今すぐなどという無茶なことはいわん。だが釘ぐらいは刺しておかねばな」

「その件でしたらすでにプランができてます。ガイアスさんが気に入るかはわかりませんが……」


 アドラはコートの内ポケットから一枚のチラシを出して見せる。

 そのチラシにはデカデカと『魔界一武闘会開催のお知らせ』と書かれていた。


「武器なし魔法の埋め込みなし外部からの魔力供給なし。純粋に己が肉体と魔力のみで闘う武闘大会です。これを魔界全土に告知して年に一度最強の魔族を決定します。この大会でガイアスさんが優勝すれば人狼族の最強が証明できるかと思いますが……どうでしょうか?」


 チラシを渡してガイアスの反応を見る。

 ガイアスはチラシに穴が開くほど凝視して全身を戦慄せていた。


 やはりダメかな――アドラは嘆息する。


 大会を開いて最強を決定するなんて子供でも思いつく単純な話。それで納得できないから戦場で暴れ回っていたのだ。

 そもそもこれはダメ元で作った試作のチラシ。何か他のアイディアを考え……。


「気に入った!!!」


 ガイアスは子供のように瞳を輝かせていた。


「これ以上ない完璧な計画だ! おまえさては天才だな!?」


 大笑いながらアドラの肩をバンバン叩く。

 最初からわかっていたことだがガイアスは重度の脳筋だった。

 何にせよ満足してくれたのならこれ幸いだ。


「アドラさん……この大会、重大な不備がありますデスよ」


 横からチラシを盗み見ていたサーニャから指摘があった。

 アドラが何かと訊くと口を尖らせながら、


「外部からの魔力供給不可じゃアタシが参加できないデス!」

「ではしないでください」


 アドラはそっけなく一蹴した。


「差別! 差別! 不死人差別デス!」

「外部からの魔力供給有りだと何でも有りになっちゃうんで。結界魔法に頼ってるおれなんかも参加できないんですから我慢してください」


 サーニャのブーイングをアドラは軽く流す。

 そもそも不死人自体わりと何でもありな反則的存在。

 身体への負荷を心配しなくていいので限界以上の力が振るえるし痛覚がないので相手の攻撃に恐怖することもない。魔力だって術者から供給したい放題だ。

 あまりに不公平なのでたとえ差別といわれようが諦めてくれとしか答えようがない。


「このルールだとマジでガイアスさんが優勝して調子に乗っちゃいますよ。アドラさんは四天王No.1としてそれでいいんデスか!?」

「いいも何も実際ガイアスさんが四天王最強じゃないですか。優勝したらむしろ誇らしく思ってくださいよ」

「やだやだアタシも参加したいデス! アタシの最強を魔界全土に知らしめたい!」

「仮に参加可能にできたとしても出るのは他の不死騎士さんでしょうけどね。ルーファス様マジギレで、あなたへの魔力供給をストップするって仰ってましたから」

「ゑええええええええええええええええええええええええぇ――――――――っ!!!」


 いつまでも彼女たちの相手はしてられない。こっちはこれから報告することがあるのだ。

 魔力ストップの件はさすがにかわいそうなので後日ルーファスに直訴するとして、今はお灸を据えるためにそのままにしておこう。

 まるで死人のように――実際死人なのだが――絶望に打ちひしがれるサーニャを捨て置き、アドラは足早に食堂を去っていった。



                   ※



 薄暗い階段をアドラは足下に注意しながら慎重に降りる。

 空気は湿気でじめつきかび臭い。

 魔王城の地下は牢獄になっていて、アドラはそこに向かっていた。


 地下牢獄に降りたアドラを待ち受けていたのは罪人たちの怨嗟の声だった。


 この地下牢には大小さまざまな戦争犯罪人が収監されている。

 今まではわざわざ捕らえず殺害することが多かったためあまり使われていなかったのだが、アドラが四天王になってからはずいぶんと囚人が増えた。

 彼らは皆アドラを怨んでいてここに来る度、必ず口汚く罵るのだ。

 殺されないための処置とはいえ囚人たちが自分を怨むのは当然とアドラは思う。

 怨嗟の声を粛々と受け止め、アドラは目的の場所へと足を運ぶ。


 最奥の牢獄に辿り着くとアドラはすぐに膝をつき恭しく礼をする。


「最後の王族としての責務、全うしてまいりました」


 収監されていた囚人はネウロイだった。

 もともと痩せぎすだった体型は更に痩せ細り肌に走る罅の量も増えている。

 投獄生活はよほど堪えるのだろう。


「そうか。王族は滅んだか」


 ネウロイは力なく呟いた。

 今のネウロイにはさして関心のある話ではないのかもしれない。

 しかしそれでもこの報告はアドラにとっての義務だった。


「これですべてが終わりました。ネウロイさんの懸念も払拭されたかと思います」

「終わってはいないよ。何ひとつね」


 落ち窪んだネウロイの眼。

 その奥にあるガラス細工のような瞳にわずかに光が宿った気がした。


「後顧の憂いを断ったルーファス様は必ずや暴走する。止められる者は最早誰もいない」


 アドラは息を呑んだ。

 ネウロイもまたルキフゲと同じ未来を予測していたのだ。


「おれががんばって何とかします。だから、どうかご心配なさらず」

「おまえがか? できるはずがない」


 ネウロイが嘴の先を釣り上げて嘲笑う。

 アドラは反論できなかった。

 ルキフゲには見得を切ってみせたが、今や敵なしの魔王を止められる自信は正直いってなかった。


 俯くアドラ。しかしネウロイは面をあげろという。


「だがそれでもおまえに託そう。止めることは無理かもしれない。だが最後の一線を越えさせぬことぐらいはできるやもしれん」


 ネウロイの瞳にはすでにかつての輝きが戻っていた。

 ルーファスの右腕と呼ばれていた頃の魔軍参謀ネウロイがそこにいた。


「アドラ・メノス、願わくば世界を……あの方を救ってやってくれ」


 アドラは深々と頭を下げネウロイの命を承った。

 どこまでやれるかはわからない。だがやれる限りのことはすべてやる。

 尊敬する前任者にアドラはそう誓ったのだ。



 そしてネウロイたちの懸念は現実のものとなる。



 数日後、ルーファスは魔界全土に号令を出した。



 ――『地上征服に向けての徴兵を行う』と。

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