食堂にて――四天王たちの談話
――魔王軍第三司令部 司令室――
本日より通常業務に戻ったオルガンは鼻歌を歌いながら書類整理をしていた。
このような雑用、普段は部下に丸投げなのだが、今日は気分がいいので特別。
たまにはアドラと同じ気分を味わってみようと思ったのだ。
「『貴女と出会えて本当に良かった』――ですってぇ!」
昨晩のデートのことを思い出して身悶えする。
――これはもう告白も同然なのではぁ!?
オルガンは恥ずかしさのあまり真っ赤になった顔を手で覆う。
もちろんわかってる。アドラは結婚詐欺にひっかかっているとはいえ妻帯者。自分は男を必要としない大淫魔として部下から羨望の眼差しで見られている。互いの立場を考えれば男女の進展などあろうはずもない。
……が、ひょっとしたら何かの弾みでワンチャンあるのではないだろうか。
その厚顔不遜な態度と破廉恥な格好とは裏腹にオルガンは意外に奥手だった。
男をまるで知らないのだから当然ではあるのだが。
「はやくアドラちゃんに会いたいわぁ」
机の前で意味もなく手足をバタバタさせる。
第一司令部に行けばいつでも会えるのだが実は今朝行ってきたばかりである。
あまり何度も顔を出すのは迷惑だろうしこっちに気があることを勘ぐられたくない。
オルガンはあくまでクールビューティな頼れる先輩淫魔でありたいのだ。
どうにか偶然を装って出会えないものか。
しばらくうんうんとうなって考えると頭上にピコンと豆電球が飛び出した。
「……そうだ。そろそろお昼だし食堂に行きましょう!」
アドラは昼食は食堂でとる。
だったら食堂で張っていれば毎日自然に会えるではないか。
我ながらナイスアイディアだとオルガンは手を叩いて喜ぶ。
権謀術数を得意とするオルガンだが、こと恋愛になるとこの程度だった。
そうと決まれば善は急げ。
オルガンは専属シェフの料理をキャンセルし、部下を洗脳して証拠隠滅してから喜び勇んで食堂に向かった。
※
魔王城に食堂はひとつだけ。
よってここには城内の配下が一斉に集まる。
食堂にはすでに多くの魔族でひしめきあっていた。
本来このような鬱陶しい場所は嫌いなのだが目的のためにはやむをえない。
オルガンは人混みの中アドラの姿を懸命に探す。
とはいえあまり必死になりすぎてもいけない。
あくまで自然にさりげなく偶然を装いつつだ。
しかし懸命の捜索もむなしくオルガンが見つけたのはアドラではなかった。
「ようオルガン、こんな場所にいるなんて珍しいな」
筋骨隆々の大男。目の前のテーブルにはあらかた食い尽くした食器がずらり。
発見した無知的生命体はガイアスだった。
正直ガッカリだ。
「あんた、なんでこんな場所で食事してんのよ」
「食堂で食事をしちゃいかんのか?」
「四天王なんだからシェフでも呼びなさい!」
「待つのがかったるい。てめえから行ったほうが早い」
「部下と一緒に食事なんかとったらあなたの格が下がると思わない?」
「思わない。俺の格は戦場によってのみ決まる」
呆れた脳筋だった。
ここまでシンプルだとかえって清々しいぐらいだ。
「おまえも飯を食いにきたんじゃないのか?」
「まさか。こんな豚の餌食えるわけないじゃない。今日は別件よ」
「それは聞き捨てならんな。ここの料理は絶品だぞ」
ガイアスがまだ手をつけていない皿をオルガンの前に差し出す。
断ったら危険な気配がしたので一口だけいただく。
「……美味しい」
オルガンが食べたのはスパゲッティだったがしっかりとアルデンテになっている。絡みつくトマトソースも酸味が利いていて実にジューシィだった。
試食した他の料理も軒並み美味でオルガンが普段食べている料理と遜色ない。
「食堂の料理人はこの道3000年の大ベテランだ。専属シェフなど頼む必要はない」
ガイアスのくせに正論だ。
なんとなく負けた気分になってくる。
いや勝ち負けなんて今はどうでもいい。早くアドラを探さないと。
「おまえ、アドラを探しているんだろ?」
いきなり図星を突かれてドキリとする。
なぜバレた。アホのクセに。そんなに顔に出てるというのか。
「俺もあいつを待ってるんだよ。色々と話したいことがあるしな。だがまずおまえだ」
ガイアスが隣に座れと催促する。
断りたいが断れる雰囲気じゃない。
先日できた借りもあるのでここは諦めて従おう。
オルガンはガイアスの左隣にちょこん座る。
「はぁ~い、いらっしゃーいデスぅ☆」
右隣から聞き覚えのある声。
この真っ白な肌をした死体少女はサーニャだ。
なんだか見覚えのある後ろ姿だとは思っていたが……なぜこんなところに?
「なんであんたまで食堂に……ていうか死人族って食事要るのぉ?」
「要りません。あたしの食事はただの趣味デス」
サーニャは蘇生時に頭部に外傷がなかったため味覚が健在だそうな。
死人族の食事事情など今初めて知った。
しょせんは自己の利益のために手を組んでいるだけのアカの他人。なれあうことなどほとんどなかったのだから当然だ。
こんな無駄な情報、普段なら脳の容量の無駄遣いだと一蹴するのだが……。
――まっ、いっか。
オルガンは少しだけ二人との会話に興じる気になった。
たまには四天王同志交友を深めるのも悪くないのかもしれない。
そう思えるのはアドラのおかげなのだが。
「もしかしたらあなたもアドラちゃんを待ってるの?」
「そうデスよぉ。色々恨み言がいいたいデスからぁ」
「恨み言って何よ」
「ルキフゲはアタシが見つけたんデスよ。アタシが因縁の相手じゃないデスか。なのになんでアタシがお留守番でアナタたちが反乱軍と遊べるんDeath!?」
「別に遊んでたわけじゃないんだけど……」
サーニャは一三番目の 《ナイト・オブ・ザ・ラウンドテーブル》 。
魔王の魔力なくして生を繋げないのだから遠征なんぞに行けるはずがない。
文句なら城であぐらをかいていたルーファスにいうべきであってオルガンやアドラに当たるのはお門違いもいいところだった。
「わかってますわかってますデスよ。ルーファス様が行かないといった以上自宅待機しかないって。アナタがたを恨むのも筋違いデスよね。でも愚痴ります」
とんだ嫌がらせだ。四天王らしいといえばそれまでだが。
酒でも入ってるのかというぐらいに絡んでくるサーニャを押しのけてガイアスが話に割り込んでくる。
「こいつの愚痴はどうでもいいとして、反乱軍討伐の詳細は教えろよ。てめえらのせいで俺も半分蚊帳の外だったんだからな」
それは一理ある。
オルガンは二人に事の顛末をかいつまんで説明した。
「アスタリオめ自決したのか。戦いたかったのに残念だ。意外とナイーヴな奴め」
「ガイアスさん騙されないでください。オルガンさんが毒殺したに決まってます。あの女性は嘘つくことを何とも思ってない性根の腐りきった魔女なんデスから」
性根の腐りきったは余計だ。
体が腐ってる女にいわれたくはない。
「しかしアドラが反乱軍に降伏勧告したのは意外だ。あいつも王族なのにな」
ガイアスの言葉にオルガンも同意する。
アドラは王族。それも最高位に位置する王子だ。
王家が潰れればアドラはもはやただの一般人にすぎない。
だったら皇家を継げばいいと思うかもしれないがそうはいかない。
レイワール家の当主は代々血縁ではなく才能で決まる。
霊力がない以上閻魔にはなれない。閻魔になれないということは皇位も継げない。
よって生まれてすぐに地獄を去ったのだ。
アドラには本当にもう何もない。
何も思うところがないはずがない。
「ガイアスちゃん、あまりアドラちゃんのことを舐めちゃダメよ。あのひとは王族として最後の責務を果たすといってた。この魔界を正しい姿に戻すとも。自己を律し民を導く、誇り高き真の王族なのよ」
オルガンは手近にあったポットを持ってコップに水を注ぐ。
カルキ臭くて実に不味い。
これについては執務室に常備してある天然水のほうがよほど美味い。
だがたまにはそれも悪くない。
これが庶民の味だ。
王族はすでにない。アドラも、オルガンたちも、他の者も皆一緒だ。
「あのひとのような王族ばかりだったら魔王軍なんて要らなかったのにね」
「おまえそんなにあいつに惚れてるのか」
オルガンは飲んでいた水を盛大に吹き出した。
「なんでそんな話になるのよッ!!」
「いくらなんでも褒めすぎだ。一緒に行動している内に好きになっちまったのか?」
「ちちちちちちちち違うわよ! 私は、その、あくまで正当な評価をしてるだけ!」
「自覚があるのかないのか……まあ、おまえは未通女だからなぁ」
男の精を頼らねば生きていけぬサキュバスにとって処女は最高の名誉であり賞賛。
だがこのケースは馬鹿にされていると判断した。
オルガンはコップの水をガイアスの顔にぶちまけた。
「闘るかこのクソ女ァ!」
「上等よ犬っころ!」
「ケンカですかぁ、アタシも混ぜてくださーいデース☆」
デウマキア戦争に匹敵する四天王同士の大喧嘩はこうして始まった。
ここから先は正視に耐え難き醜さのため、結果を記するのみにとどめる。
大食堂 : 全壊。一ヶ月の休業
ガイアス : 謹慎処分二ヶ月
オルガン : 始末書及び減給三ヶ月
サーニャ : 四ヶ月の魔力供給制限
アドラ : まったくの無関係なのになぜか各方面に謝罪するハメに




