真夜中のデート②
レストラン・オクトパスセンス。
キョウエン西区8番通りにある高級レストラン。
生きること=豊かな人生を送ることをモットーとし、最高の料理による至高の時間を提供することを約束してくれる。
オーナーのダゴンさんオススメの魔界タコのカルパッチョの評判は国外にまで及ぶほど。
今回アドラが予約を取ったレストランである。
夜景の見える窓際の席に二人は座る。
グラスに注がれるワインを凝視しながらアドラは気の利いた会話を考えていた。
先に口を開いたのはオルガンだった。
「ごめんなさぁい。アドラちゃんの退役願い、秒で却下されたわぁ」
アドラは苦笑いを浮かべた。
もともと通るなんて思ってなかったのでそれはどうでもいい。
でもオルガンが自分のために動いてくれたことが本当に嬉しかった。
「あのクソ爺ホント頭固いわぁ。一度カチ割って中を見てやろうかしら」
赤ワインをちびちびと飲みながらオルガンがブーたれる。
天下の魔王を爺呼ばわりできるのは魔界広しといえど彼女ぐらいだろう。
「いえいいんです。四天王をやりながらでも夢は追えますから。そんなことより今夜はどうしても貴女に伝えたいことがあります」
アドラはオルガンの目をまっすぐに見つめた。
「あたしに? どうしても?」
「はい。どうしても。今すぐ」
アドラの顔は真剣そのものだった。
オルガンは頬をうっすらと赤く染め胸に手を当てて次の言葉を待つ。
「何かもう色々とすいませんでしたァ!」
アドラはテーブルに猛烈に頭をこすりつけて謝罪した。
結局気の利いた言葉が思いつかなかったのでストレートに行くことにしたのだ。
「おれが不甲斐ないばかりにゲルダさんを取り逃してしまい、貴女のプライドを傷つけ軍内の評価を落としてしまいました。他にもおれのせいで軍に反抗するハメになったり反乱軍の件も任せっきりだったり戦後処理もわざわざ手伝ってもらったり、いやそれ以前におれは何も知らないのに貴女のことを自分のことしか考えていない酷い女性だと思って色々と無礼な発言をしてしまったり……もうどこからどう謝罪していいものやら」
アドラがしどろもどろになりながらも誠心誠意を込めて許しを乞う。
それに対するオルガンの反応は、
「どぉ――――――――――――――――――でもいいわよ、そんなこと」
じと目でアドラを見ていった。
ものすごく不機嫌そうでアドラは焦る。
「いやしかしですね。おれとしてはこういうことはきちんと……」
「どうでもいい。そんなことより他にあたしにいうことがあるんじゃないの?」
しばらく悩んだが彼女の言葉の真意がわからない。
わからないのでアドラは自分の心に従うことにした。
「貴女と出会えて本当に良かった。反乱軍鎮圧のお手伝いありがとうございます」
「……最初からそういえばいいのよ。ホントお馬鹿さんなんだから」
オルガンは微笑んだ。
いつものような嫌みがない、屈託のない笑みだった。
その顔があまりにもかわいくてアドラの胸はどうしようもなく熱くなるのだ。
※
食事を終えて二人でレストランを出る。
オルガンは用事があるそうなので現地解散だ。
去り際にオルガンはアドラに告げる。
「これからの魔界はたぶんあなたが思っているようにはならない。あなたの憂鬱はまだまだ続くわ。あたしには祈ることしかできないけれど……最後の王族アドラ・メノスの未来に多幸あらんことを」
――父と同じことを。
小さくなっていくオルガンの背中にアドラは深く頭を下げた。
謝罪ではなく感謝の礼だった。
そして頭を上げた時、アドラの視線はすでにオルガンを見てはいなかった。
街角の陰に浮かぶ人影。その顔に見覚えがあったからだ。
男装の似合う黒髪の秘書――大精霊ルキフゲがこちらに向かって手招きしていた。
「おれの憂鬱はおれ自身で晴らす」
まだ反乱軍との因縁に決着はついていない。
最後の王族としてのけじめはここでつけなければいけない。
決意を胸にアドラはルキフゲの後を追った。




