四天王のお仕事
魔王軍第一司令――通称『四天王』。
本日付けでアドラが任命された役職である。
一三ある師団に命令を下す四つの司令部。その内のひとつの長。
特にネウロイ管轄の第一司令部は他の司令部を統括する立場にあるため、その責任は重大。何も知らない田舎者には荷が重すぎるポストだった。
青ざめた顔で謁見の間を出るアドラに四天王のひとりが話しかけてくる。
「大変なコトになっちゃったけど、がんばってくださいデスデスぅ」
謁見の間で右隣にいた魔族。
白髪でボブカットがよく似合う可憐な美少女だ。
髪と同じぐらいまっ白な肢体をピンクのナース服で包んでいる。
場にそぐわない奇妙な格好だとアドラは自分のことを棚に上げて思う。
「今日からアドラくんの教育係に任命されましたので、よろしくお願いしますデス」
にこりと笑って握手を求められる。
怖い人ばかりの魔王軍だと思っていたが彼女のような優しい女性もいるのか。
少しだけ安心したアドラは気さくに差し出された手を優しく握る。
すると握った手がポロリと取れた。
アドラは仰天して腰を抜かす。
「メンゴメンゴ、手首の縫合が上手くいってなかったみたいデスDeath」
魔族の名はサーニャ。
弱冠4294歳で魔界軍第四司令部を任されているアンデッドクイーンだ。
「すいません。こちらこそ無礼を働いてしまいました」
アドラは不死人を見るのは初めてでつい驚いてしまったが、他種族を差別する気は毛頭ない。
むしろ4000歳を越えているとは思えぬ若々しさ。自分にはすで妻がいると思いつつもつい見惚れてしまう。
アドラの熱い視線に気づいたサーニャは恥ずかしげに頬をうっすら赤く染める。
「アタシ1900歳ぐらいの時に死んだから、外見だけならアナタより若いんデスよ」
聞けば戦乱に巻き込まれて死んだところをルーファスに蘇生してもらったそうな。
もっとも殺したのはルーファス本人らしいが。
それでも恩義を感じたサーニャはそれ以降ルーファスのために粉骨砕身働き続け、ついには四天王にまで登り詰めたとのこと。
同じような境遇の魔族がいることにアドラは少しだけ安堵を覚える。
「魔王様は有能な者は種族身分に関係なく取り立てますし、功績に応じて褒美もガンガンくれますからアナタも腐らずガンバりましょー」
サーニャは励ましてくれるが、アドラの夢はあくまでカリスマデザイナーであり、突然軍人になれといわれてもやる気が起きるはずもない。
だがたくさんくれるという褒美については大きな魅力を感じざるをえない。
何しろ今のアドラはほぼ無一文。おまけに借金まみれなのだから。
世の中は世知辛い。
生活にせよ夢を叶えるにせよ、まずは金、金、金である。
たとえ分不相応だとわかっていても今は軍で働くしかないのだろう。
「……わかりました。四天王やります。やらせてもらいます」
アドラは大きなため息をついてからそう答えた。
金やら何やらのために一時だけ夢を諦め就職することに決めたのだ。
※
焼け落ちた自宅を二つか三つ放り込んでもまだ余裕がありそうな部屋の奥。
上で寝転がれそうなほど大きな机の前で指を組んで座る。
司令室に案内されたアドラは暇潰しに天井のシャンデリアをボォーっと眺めていた。
「……何とかなるだろ、たぶん」
サーニャから四天王の仕事のレクチャーを一通り受けた。
その結果、どうにか自分でも務まるだろうという判断に至ったのだ。
魔王の懐刀として前線に出て戦うというイメージは今や昔。
すでに魔界のほぼすべてを掌握した魔王軍。四天王の仕事はここのところデスクワークばかりだそうだ。
アドラは椅子に座って部下が持ってくる書類にサインを入れるだけ。
その書類も司令部で精査されて本当に上の承認が必要なもののみ。
年寄りのネウロイにもできたお役所仕事。
自分に出来ないはずがない。
「失礼します」
そんなことを考えていると、さっそく部下が書類の束を持ってやってきた。
名前はゲルダ。
タキシードを着た耳の長い魔族。
肌は色黒。髪は短く刈り揃えられている。
背が高く一見すると男性的だが歴とした女性だ。
ネウロイ総司令時代から彼を支えてきた敏腕秘書……らしい。
「こちらの書類にサインをお願いします」
アドラは差し出された書類を手に取る。
これにサインするだけで終わるなんて本当に楽な仕事だ。
若干申し訳なさを感じながらも書類に軽く目を通す。
『シュメイトク殲滅作戦の承認願い』
通したアドラの目玉が飛び出た。
シュメイトクといえば西の大国ヴェルバルトの首都。
ちなみにアドラもヴェルバルト出身。
この書類にサインすることは自らの手で故郷を滅ぼすことと同義である。
勘違いだと信じて詳細を確認するが、どうやら本気でシュメイトクを潰す気らしい。
概要をざっくり説明すると、反乱軍との繋がりが懸念されているそうだ。
冷や汗で書類がじんわりと濡れる。
「急ぎの用件ですので手早く」
――で、できるかぁ!
叫びたいのを我慢してアドラは何度も書類に目を通す。
こんなものにサインしようものなら二度と故郷に錦は飾れない。
「……これ、ちゃんとした証拠あるの?」
穴が開くほど書類を読んだ結果出た率直な疑問だった。
何度読み返しても書面には状況証拠しか書かれていない。
冤罪の可能性は大いにある。
「もともとシュメイトクは魔王軍に非協力的でしたので。いい機会とのことです」
つまり真偽に関わらず見せしめで潰すということか。
アドラは震える手で書類を置くと覚悟を決めて小さく首を振る。
「確たる証拠がない以上承認はできない。まずは相手の言い分を聞こう」
そして自分で言い出した以上、アドラ自身が直接現地に赴くしかない。
わかっていたことだが、やはり『楽な仕事』などというものはどこにもないようだ。