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一触即発

 デウマキアでの戦後処理を済ませたアドラたちはサタニスタへと帰還した。


 無論すべてにおいて優先すべきは魔王への報告。

 謁見の間にて二人は膝をつき反乱軍の最期を詳細に伝える。


「貴様らの尽力で余計な犠牲を出さずに済んだ。後で報償を与えよう」


 少し意外――というのがオルガンの感想だった。


 軍事行動を阻害したのだから処罰のひとつやふたつ下ってもいいものなのだが。

 アドラに無断で軍を動かしたことに多少なりとも負い目があるのだろうか。


「失礼ながらルーファス様、どうして我々の作戦行動中に軍を動かされたのでしょうか」


 当然ながらアドラはそのことに言及してくる。

 普段なら恐縮しきりなのに……そうとう怒っていることは明白だった。

 それもそのはず、ルーファスはああいうが余計な犠牲者は出ているのだ。


 カラクリテンの無辜の民草だ。


 葬儀を済ませ埋葬する死者に祈りを捧げていたアドラの背中は、何もいわずとも身が震えあがるほど恐ろしいものがあった。

 結界のせいで魔力の流れはわからずとも、魔族としての本能が危険を告げていた。

 ルーファスは触れてはならぬ者の逆鱗に触れたのではないかと。


「我らの作戦が完了するのを待っていただければ、無関係な民が犠牲になることもなかったはずです。魔界を統べる新たな王としてご回答をいただきたい」


 オルガンは緊張で手に汗を握った。

 この質問への安易な返答は魔界を揺るがす大事件となる。


 旧王族の暴政からの解放というのが魔王軍の掲げた錦の御旗。

 民の生命など知ったことかと答えようものなら旧王族と同じ。

 魔王軍は大義とアドラの信頼を永遠に失うことになる。


 口封じなど絶対にできないしさせない。

 そうなった場合オルガンはアドラに荷担するからだ。

 この場面でそんな返答をする能なしは見限ると決めている。


 だが恐らくそうはならないだろう。

 オルガンはルーファスがただの暴君ではないことを知っている。

 容赦こそないが頭は驚くほど切れる。

 そうでなければ前代未聞の魔界統一など成し遂げられない。


 果たしてアドラの質問にルーファスがどう答えるか。

 恐ろしくはあるが少し楽しみでもあった。


「貴様の質問に答える前に、我の質問に答えてもらう」


 剣呑とした空気の中、しかし渦中のルーファスは涼しい顔を崩さない。

 玉座に座り頬杖をついたまま世間話でもしてるかのようにアドラに訊く。


「ルキフゲの首は今どこにある?」

「……」


 その質問にアドラは答えられない。


「捕獲できていないなら、せめてその所在ぐらいは突き止めているのか?」


 ルキフゲ捜索は現在も全力で行っているが未だ何の報告もきていない。

 完全に逃げきられたといっていいだろう。

 アドラが返答に詰まるとルーファスは鼻で笑う。


「都内で捕らえられなかった時点で貴様らは敗北していたのだ。よって実力行使に移行したまで。事前の約束通りよ」

「しかし、せめて、もう少し刻をいただければ反乱軍のほうは……ッ!」

「アドラよ、貴様は我に優しい王を期待しているようだが、それは無理な話だ」


 ルーファスは玉座から腰をあげてアドラを冷たく見下ろした。


「だが我は誰よりも公平な王であるという自負がある。公平に殺し公平に取り立て公平に機会を与え公平に統治する」


 玉座から降りたルーファスはひざまずくアドラの前までやってくる。


「周囲は貴様を無知蒙昧の道楽息子と侮るが、我は一度たりともそう思ったことはない。王家より出奔し市井に下って幾星霜。何も知らぬなどありえない。相応の修羅場を潜り、存分に見てきたはずだ。王家の悪政により腐りに腐りきった魔界の姿を」


 アドラは反射的に顔を上げルーファスを直視する。

 そしてルーファスは叫ぶようにいった。


「その眼で我を見ろ! この魔界を救える者は誰だ!? 魔王に相応しき者は誰だ!? 我ではないというのであれば、今すぐ剣を取り立ち上がるがいいッ!!」


 景色を歪めるほどの強大な魔力。

 威風堂々たるその態度。

 圧倒的なカリスマ。


 旧王家を打倒し新たな魔王を名乗るに相応しい『格』がそこにあった。


「……今更確認するまでもございません。ルーファス様は、史上並ぶ者なき真の魔王であらせられます」


 たとえ理想と違えども魔界を正せる王は彼をおいて他にはいない。

 アドラはそれ以上何もいえず再びルーファスの前にひざまずいた。


 魔王の――否、ルーファスの格の前に屈服したのだ。


 ルーファスはアドラを帰すと残ったオルガンの報告を聞く。

 アドラの監視は彼女の重要な仕事。オルガンは粛々とアドラの近況を報告したが、最後に余計なお節介をひとつ付け加えた。


「この世に触れてはならぬものが二つあります。サタンの鱗とアドラの逆鱗です。先ほどの弁舌は見事ではありましたが、あまり彼を侮らないほうがよろしいかと」


 ルーファスの弁論は素晴らしかった。


 素晴らしい詭弁だった。


 結局のところルーファスはアドラの質問に何も答えてはいない。

 こちらの不手際を利用して罪を相殺しただけだ。


 オルガンが簡単に見抜ける以上アドラも気づく可能性がある。

 故に不誠実な発言には常に危険が伴うということだ。


「そういう貴様はずいぶんとアドラを買うようになった。忠言ありがたくいただこう」


 ルーファスは不敵に笑うとオルガンにも帰投を命じ、いくらかの休暇を与えた。


「魔王に誠実さを求めるとは時代も変わったものだ。まあいい、これで後顧の憂いは断った。心おきなく暴れられるというものよ」


 上機嫌なルーファスは部下に多少噛みつかれたところでどうということはない。高笑いしながら謁見の間を去っていった。


 これにてルキフゲを発端にした動乱は一応の終結を迎えた。

 反乱軍の鎮圧により魔界は完全に統一され、ルーファスは史上唯一の自称ではない魔王となる。

 しかしこれはアドラの望む平和の訪れではない。

 新たなる戦いの序章にすぎなかった。

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