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破滅を呼ぶ女

 カラクリテンの地下下水道はまるで迷路のように複雑に入り組んでいた。

 年々増加する工場から出る排水を処理するためにどんどん増やし適当に継ぎ足していった結果である。

 工業大国あるあるなのだが、そこをルキフゲに目を付けられ利用された。


 地下下水道を拠点化し各地に潜伏する反乱軍のゲリラ活動を秘密裏に援助する。

 コードネーム『ダイダロス作戦』。


 反乱軍とは無関係な観光地だからこそこの作戦は成功し、今日に至るまで魔王軍を苦しめてきた。

 だがそれも一人の悪女のせいで限界が近づいてきている。

 魔王軍の砲撃による衝撃は地下へも伝わっておりステンノを大きく動揺させた。


「……大丈夫、まだバレてはいない」


 それは自分の気持ちを落ち着けさせるための独り言だったが、少々甘い見積もりかもしれないという自覚もあった。

 ステンノに与えられた部屋は幹部専用のスイートルーム。

 ありとあらゆる贅を凝らしているのはもちろんシェルターの役目も果たしている。

 ここにいる限りたとえ下水施設が潰れても生き残ることはできる。


「仮にバレて潰されたとしても私としてはむしろせいせいするわ。臭いし汚いし蒸し暑いし、いつまでもこんなところで生活なんてしてられないもの」


 ステンノは最近幹部になったばかりの新参者なのだが、この地下拠点については大きな不満を抱いていた。発案者はルキフゲらしいがこんな場所を好んで拠点化するとは彼女の性癖を少々疑う。

 いずれは退去して見晴らしのいい場所に御殿を建てようと常々思っていたのだ。この機にアスタリオに上告しに行こう。

 砲撃が止むのを待ってからステンノは行動を開始した。



                   ※



 薄暗い下水道を魔灯を頼りに歩き続ける。

 排水の臭いは非常にきついがここを通らなければアスタリオの許にたどり着けない。


「ネズミも今日はやけに多いわね。長居したら絶対病気になるわよ」


 鼠を感染源とする伝染病もあると聞く。できる限り近づかないようにしないと。

 ステンノは足下に注意しながら慎重に歩くが、無情にも下水道を走る鼠の数はどんどん増えていく。

 魔王軍の砲撃に驚いて下水道から逃げ出そうとしているのだろうか。

 それにしては少々動きがおかしいような気がする。

 一部の鼠がステンノの足に絡みついてくる。

 ここまで馴れ馴れしいと避けるなどとはいっていられない。生理的嫌悪からステンノは鼠を踏み潰そうとした。


「ああ、潰したらダメですよ。彼らはオルガンさんの大事な使い魔なんですから!」


 厳しく注意されてステンノは持ち上げた足を反射的に止める。

 孔雀柄のコートを着た優男がいつの間にか背後に立っていた。


「あなた何者ですか? こちらを向いて身分を証明するものを見せてください」


 振り向くとそこには厳しい顔つきをしたアドラがいた。

 反乱軍の拠点はすでに魔王軍にバレていたのだ。

 ステンノはとっさに笑顔を取り繕う。


「私はここに住み着いている浮浪者なんです。反乱軍とは無関係ですわ」

「そうですか。わざわざご丁寧にどうも。では失礼します」


 アドラはぺこりと頭を下げるとステンノの脇をそそくさと通り過ぎる。

 そしてすぐにUターンして戻ってきた。


「あなたみたいな浮浪者いるわけないでしょ! 自分の格好を客観視してください!」


 さすがに騙されんか。

 ステンノは小さく舌打ちする。

 昔はこれでも普通に騙されたのだが魔王軍に入ってから少々疑り深くなったようだ。


「真面目に回答してください。まずお名前から」

「ワタシサムワンイウアルネ。流レノ陶芸家アルネ」

「いい加減にしないとマジで捕まえますよ?」


 さすがにこれ以上しらばっくれるのは難しそうだ。

 アドラめ、本当に心が汚れてしまったな。


 アホ……もとい純粋無垢だった頃が懐かしい。


「というか、あなたの顔、どっかで見たことある気がするんですよねぇ」


 どこだったかなぁ。アドラは腕を組んで考え込む。


 まさかこいつ私が自分の妻だと勘づいたのか?

 アドラ宅での大和撫子と蛇女としての本性を丸出しにしている現在とでは似ても似つかぬはずだが、それでも曲がりなりにも数年一緒に過ごした仲だ。もしかしたら何かクセのようなものがあってバレたのかもしれない。

 アドラに顔をマジマジと見つめられステンノは内心気が気でない。


「あ――――――――ッ! 思い出したぁぁぁ――――――――っ!!」


 突然の大声にステンノの心臓が口から飛び出た。

 逃げようと思ったがとっさのことで身がすくんでしまい動けない。


「おまえ500年ぐらい前におれを襲った盗賊団のリーダーじゃないか!」


 なんだ妻だとバレたわけじゃないのか。

 良かった良かった……って、そんなわけがない。


「盗賊団の次は反乱軍に入ったんだな! いや元々反乱軍の盗賊なのか!?」

「盗賊なんかと一緒にしないでよ。傷つくじゃない……」


 正確にはステンノのせいで潰れたワーデルス王朝の残党たちだ。

 皆王族か貴族で下賤な身分では断じてない。

 革命で国を追われた後、生計のためにちょっと追い剥ぎをしていただけだ。

 つまり、まあ、盗賊なわけだが。

 何気なく襲ったアドラに返り討ちにされて散り散りになって以降、復讐に燃えているということはこの際内緒にしておこう。


「あっ! あんなところにアスタリオ様が!」


 そういってステンノが指さす場所にはもちろん何もない。

 だがアドラが騙されて視線を外した瞬間にステンノは一目散に逃げ出した。

 いや逃げ出したのではない。戦術的後退だ。今は無理でもいつか必ずあの男に屈辱を味わわせてやると――…。


 ――ドン。


 と、逃げるステンノの肩に何かがぶつかった。

 アドラの意外と分厚い胸板だった。


「おとなしく捕まってくれますよね?」


 ステンノは両手を挙げて潔く降参した。

 アドラの怪物的強さは彼女が一番よく知っている。下手な抵抗は無意味だ。


 ステンノ・ゴルドー。

 数多の為政者を破滅に導いてきた希代の悪女。

 その輝かしい(?)歴史に本日また新たな1ページが加わることになる。

また週末まで連続更新します

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