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悪の華

 アドラ・メノスの本質はいうまでもなく悪である。


 触れたものすべてを意味なく平等にただ殺す。


 死の具現にして邪悪の化身。

 冷酷で無慈悲な死神。

 傍若無人に咲き誇る悪の華。


 それはたとえ天地が逆転しようと決して変わることのない絶対の真実。

 だからこそアドラには強い善意が必要だった。


 両親から学んだ道徳が今の彼を支えている。

 それなくば理性を失い第二のサタンと化すのみ。

 甘くなければ、優しくなければ、アドラは人として生きられない。

 デウマキアを救うのは民のためだけではない。アドラ自身のためでもあるのだ。


「……それでオルガンさん。落とし前ってどうすればつけられるんでしょうか?」


 だが肝心の救う手段は自分より賢い魔族に丸投げである。

 好意的に見れば己の天稟をよく理解してるといえるが。


「当初の目的はルキフゲの捕縛だったけど、これはもう諦めましょう」

「たった三日じゃもう無理ですよね。今までだってさんざん逃げられてたわけですし」

「というかもう国外に逃げられてるわ。ルキフゲは忠臣だという評判だけど、この状況で逃げ出さないほどアホでもないでしょう」


 国外に逃げられたらもうどうしようもない。ルキフゲを捕らえることは最早不可能。

 今までの経験からそれは痛感していた。


「おれ……もしかして結構考えなしにモノをいっちゃいました?」

「かなりね」


 やっちまったぁ……ッ!


 戦車のコックピット内でアドラは自分の軽率さに頭を抱える。


「でもそれでいいのよ。重要なのはこっちが要求を通したという事実なのだから」

「オルガンさんはそれで面子が保てるからいいのかもしれないですけどね」

「あなたのことだってちゃんと考えてるわよ。ルキフゲの捕縛が無理なら反乱軍そのものを三日で潰せばいいのよ」

「そっちのほうが無茶苦茶じゃないですか。おれたちだけでどうやって……」

「逆よ逆。反乱軍の早期降伏。これは他ならぬあなたじゃなければできないことよ。魔界最高の血統を持つあなたにしかね」


 反乱軍の盟主であるアスタリオを殺害あるいは生け捕りにして、指揮系統が混乱したところにアドラが降伏を促す。

 それがオルガンの立てた新たな作戦方針だった。


「おれなんかの降伏勧告が通りますかね」

「反乱軍は血統至上主義。アスタリオさえいなければ絶対に通るわ。もっとも問題はそのアスタリオの潜伏場所なのだけど……」


 オルガンはカラクリテンに来てからずっとそのことを考えていた。

 ルキフゲに騙されたとはいえここにいるのは間違いないとは思うのだが、未だ確証足りうる報告はなし。さすがに少し焦りが出てきたところだ。


「あの女、カラクリテンに入国した途端にドロンと消えたのよねぇ。この国であたしの包囲網から逃れられる場所というといったいどこかしら?」


 第一候補だった大使館はアテが外れた。

 では第二候補はどこだろう。


 有力なのはやはりカラクリテン城だろう。

 国家ぐるみの隠蔽なら消息が途絶えるのも納得できる。

 だがその場合やはりデウマキアは地図から消えることになる。最低でもカラクリテンには消えてもらわねばならない。こちらとしてはあまり歓迎できない潜伏先だ。


 ならば第三の可能性を模索すべきだ。

 部下や乞食の眼はもちろん蝙蝠のレーダーすら届かない場所。

 そんな場所が果たしてこの地上にあるのだろうか。


 ならば――地上以外の場所か?


「探る価値はあるわね」


 オルガンは新たに追加した使い魔に命じてアスタリオの居場所を探らせる。

 この予想が当たれば三日で反乱軍を潰すという作戦が現実味を帯びてくる。

 アドラの期待に応えてやれる。


 アドラの丸投げをオルガンは全幅の信頼を寄せられていると解釈していた。

 もちろんその認識は間違ってはいない。いないのだが……『あばたもえくぼ』とはまさにこのことである。

 思い返せば司令部の洗脳騒動などといういらぬお節介を焼いた頃からオルガンは少々おかしくて、すでに甘い毒のようなものが回り始めていたのかもしれない。


 決して触れてはならぬ悪の華に魅入られた悪女が、ここにまた一人――

今週の更新はここまでです

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