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意地と誇り

 魔王軍第四師団は人狼族のみで構成された完全独立組織である。

 魔王軍を名乗ってはいるがルーファスの部下ではない。デウマキア壊滅作戦についてもあくまで頼まれたから遂行しているという形だ。


 司令官兼団長は人狼族の長 《地狼星》 を継ぐ者――四天王ガイアス・ヴェイン。


 今作戦の最高責任者でありたとえルーファスであろうと彼を止める権限はない。


 ガイアスは指揮官であるにも関わらず最前線で戦い真っ先にカラクリテンに入国していた。

 後方でふんぞりかえっているのは性にあわない。

 更にいえば魔導兵器なる玩具を使うのもだ。

 しかし人狼族が全体的に見て魔力の高い種族ではないという現実がある。

 ガイアス以外の同胞は頼らざるをえないのが現状。

 そこが大きな不満だった。


「皆修行が足りんのだ。だからルーファスからくだらん玩具を借りることになる」


 すでに焼け野原と化したウィルベン大公園に陣を張ったガイアスは、部下にいつもの説教をしていた。


 ガイアス自身努力の魔族であり、幼少の頃より絶え間なき修行を続けてきた。

 だがそれを他人にまで強要するのはいささか酷な話ではある。戦場に駆り出される度に同じ説教を聞かされる部下たちもいい迷惑だった。


「こんなものに頼っている限り我らは下級魔族と侮られ続けるぞ。皆で努力し種族全体のレベルを高めていかねばならんのだ」

「お言葉ですがガイアス様、魔導兵器に頼ることの何がいけないのかわかりません」


 ガイアスのいつもの説教に珍しく反論する部下がいた。

 最近入隊したばかりの新兵だが年齢はガイアスより1歳だけ年上らしい。


 年上だろうと部下は部下、舐めた口を利くな――とは思いつつも根が体育会系のガイアスとしてはどうにも咎めにくい。


「見てくださいこの戦車。全長10m弱の魔鉄の怪物。ハンパな魔法を一切通さない分厚い装甲。どんな悪路もものともしない強靱なキャタピラー。70口径の砲塔から音速を越えて放たれる砲弾の威力はもはや大魔法レベル。魔導兵器には漢の浪漫が詰まってると思いませんか?」

「まあ……わからんでもないが、それはあくまで借り物であって己の力ではないだろ」

「借り物で何が悪いんですか! 必要な時に必要なだけ借りられるのは合理的っていうんです。おれはこれに乗るために入隊したんですよ!」


 新兵は熱狂的な魔導兵器マニアだった。

 自分の嗜好を押しつけるなとガイアスは自分のことを棚に上げて思う。


「魔導兵器は素晴らしい技術ですよ。ガイアス様みたいに毎日必死こいて魔力を鍛えるとかアホらしくてやってられませんわ。そういう暑苦しいのはもうやめましょうよ」

「おい……いくら年長者とはいえ、いって良いことと悪いことがある。貴様、おれにケンカを売ってるのか?」

「ええそうです。ようやく気づきましたか」


 事ここに至って察しの悪いガイアスも新兵の様子がおかしいことに気付く。

 部下とは思えぬ言動の不遜さはもちろん、その眼もどこか虚ろげだ。

 新兵だけではない。他の兵士もまるで人形のように動かなくなっている。


 これは――皆洗脳されているのか?


「もっともっと魔導兵器に頼ったほうがいいわよ。あんまり兵の練度が上がるとこっちもやりにくくなるから」


 戦場に不似合いなヴァイオリンの美しい旋律。

 最初はかすかだったが次第に音が大きくなっていく。

 奏者であるオルガンは戦車の砲塔に腰掛けて悠々とガイアスの陣までやってきた。


「やはり貴様か。イカれた色魔め、死ぬ覚悟はできているんだろうな」

「そういうのを負け犬の遠吠えっていうのよ。独りじゃあたしたちには絶対勝てない」


 戦車のコックピットから孔雀柄のコートを着た男が顔を出した。

 アドラは戦車から降りるとガイアスの前に立ちはだかる。


「話し合いにきました。これ以上あなたたちに危害を加えるつもりはありません」


 ガイアスは背負っていた大剣を力任せにぶん投げる。

 投げた大剣はアドラに直撃する前に融解蒸発消滅した。


 ――……強化されている。


 以前のように強引に結界をぶち破るのは厳しいか。

 いや仮に破れたとしてもアドラにはその先がある。


 自分と同格、あるいはそれ以上かもしれぬ怪物が二人。

 ガイアスは戦わずして自らの敗北を悟っていた。

 だがそれでも誇りまでは奪わせはしない。


「話すことなど何もない。去れ。去らぬなら殺す」


 ガイアスは人の皮を脱ぎ捨て魔狼と化した。

 全力で迎え撃たねば一矢も報いれない。


「侵攻をやめて欲しいとまではいいません。ただ少しだけ待って欲しいんです」

「待たない。この国は消す」

「それはルーファス様のご意志ですか?」

「あいつは関係ない。俺が消すと決めたから消すのだ」

「どうしてですか!?」

「人狼族が最強の魔族であると世に知らしめるためだッ!!!」


 ガイアスは吼えた。

 いつもならビビってしりごむアドラだが今回ばかりは退くわけにはいかない。

 魔狼の巨躯を前に敢然と立ち向かう。


「このような小国ひとつ消しても誰も人狼族の最強なんて認めはしませんよ!」

「ならば認めるまで消し続けるまでだ!」

「こんな玩具を使ってですかっ!?」


 ガイアスは言葉に詰まった。

 多少魔力は低くとも高い俊敏性と統率力を誇る人狼族こそが最強の種族であるとガイアスは確信している。


 だが世間の評判はどうだ。

 人狼族がどれだけ暴れようともてはやされるのは魔導兵器のみ。

 恐れられるのは魔導兵器を積極的に採り入れた魔王ルーファスのみ。


 おれたちはルーファスの名声を高めるための道具でしかないのだろうか。

 ガイアスは常にその疑念と闘い続けてきた。


 そんなはずがない。

 勝ち続けているのはおれたちだ。


 そう自分にいい聞かせてきた。

 だがそれにも限界が近づいている。

 これ以上自分を騙し続けてはいられない。


「人狼族の最強を証明するには別の方法があるはずです。この場はおれに任せてはいただけないでしょうか」

「ふざけるな! 戦って勝つ以外にどんな方法がある!」

「それはこれからおれが考えます。約束しますから、どうか矛を収めてください!」


 アドラは土下座した。

 土下座はシュメイトク独自の文化だったがそれが自身を卑下し相手に許しを乞う行為だということはわかる。

 だからこそガイアスは逆に腹が立った。


「頭を上げろ! 貴様に上級魔族の誇りはないのか!」

「ありません。魔族に上も下もありませんから」

「だったらなおさら頭を上げろ! 俺の眼を見て話せ! それで対等だ!」


 アドラは再び立ち上がりガイアスを見据える。

 そこには普段の臆病なまなざしはない。

 信念に燃える紅と覚悟で固まる蒼があった。


「最初からその顔をしていれば、おれも貴様を侮ることなどなかった」


 ガイアスは魔力を封じ魔狼から人型へと戻る。

 そしてその場にあぐらをかいて座った。


「――三日だ。それ以上は待たん。落とし前をつけてこい」


 アドラはガイアスに頭を下げると、再び戦車に飛び乗った。



                   ※



 戦車で十分な距離を移動しガイアスの姿が見えなくなったことを確認すると、アドラは大きなため息をつく。


「し……死ぬかと思ったぁ……」

「案外ヘタレねぇ。バカみたいに強いくせに」


 砲塔に座ったままのオルガンがくすくすと笑う。

 そんな危ない場所に座ってないで中に入ればいいのに。


「強くなんてないですよ。少なくともあなたやガイアスさんのような『本物の強さ』をおれは持っていませんから」


 アドラの持つ力はすべて天性のもので後天的なものすら親から受け継いだものだ。

 貰い物の力。努力と研鑽なきものを自慢できるはずがない。

 今も、そしてこれからも、己の強さに自信を持つことはないだろうとアドラは思う。


「でもそんなおれをあなたたちは認めてくれた。だから精一杯がんばりますよ」


 流されるまま生きてきた情けない自分。

 それでも今日もまた、わずかながらも自らの力で運命を切り開いた。


 反乱軍の隠れ蓑に使われた罪なきデウマキアの民。

 一人でも多く救ってみせる。

 閻魔の息子としての責務ではなく自分自身の善なる志で。


 それがアドラの意地と誇りであり、その想いの強さこそが彼が持つ『本物』だった。

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