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戦火の予兆

 カフェから徒歩10分。ウィルベン大公園のすぐ近くにサタニスタ大使館はあった。

 アドラたちは公園のベンチから大使館の様子を伺う。


「……あそこ、おれたちの国の大使館ですよね?」


 アドラの疑問にオルガンはうなづく。


 正直魔王軍の大使館が乗っ取られてるとは思わなかった。

 だが事実は事実として受け入れるしかない。

 反乱軍の魔手はかなり深いところまで食い込んでいたということだ。


「今からあたしたちが取れる作戦は二つあるわ。ひとつはここで罠を張りルキフゲを待ち構える作戦。もうひとつは大使館に忍び込んでアスタリオを人質にする作戦。アドラちゃんはどちらがいいかしら?」


 選択肢を提示されアドラは少し悩む。

 大使館は高い塀に囲まれて鉄格子の門前には守衛が立てられている。

 忍び込むとなるといささか骨が折れそうだ。

 よって前者を選びたいのはヤマヤマなのだが……。


「正直おれはまだ信じられませんよ。一度確認してみていいですか」


 アドラの意見にオルガンは反対しなかった。

 彼の言い分は至ってまともで確証が欲しいのは自分も一緒だったからだ。


 重そうな荷物を持った老人がはやくそこをどけといわんばかりの視線を送ってくる。

 作戦会議中とはいえあまり一カ所に留まるのは目立って良くない。


 オルガンは討論をささっと切り上げベンチを老人に譲った。

 アドラの意見を尊重することに決めたのだ。



                   ※



 情報の真偽をどうやって確認するか。

 アドラの考えは至ってシンプルだった。

 四天王という立場を利用して視察名目で堂々と立ち入るだけだ。

 大使館の前でアドラは守衛に話かける。


「誰だおまえは?」

「えっと……私アドラ・メノスともうします。本日は抜き打ちの視察でここに……」

「知らん。死にたくなければさっさと去れ」


 アドラの四天王としての知名度は果てしなく低かった。

 見かねたオルガンが慌ててフォローに入る。


 オルガンは四天王随一の有名人。守衛は先ほどとはうって変わって低姿勢になりアドラたちを易々と大使館の中に迎え入れてくれた。


 特筆することもない至って平凡な大使館。

 強いて挙げるなら反魔王軍の暴徒対策としていくつかの結界が施されている程度か。

 それもまた普通のことなのだが。

 守衛に案内されて二人は大使の部屋へと案内される。


「すいません。オルガンさんが外で罠をはる作戦が……」

「気にしてないわよぉ。むしろこれで良かったかもしれない」


 小声で話しかけるアドラをオルガンは適当に流す。

 今オルガンの内には払拭しきれぬ疑念が渦巻いていた。


 まず守衛のアドラに対する対応が雑すぎる。

 アドラはオルガン以上の有名人。少なくとも反乱軍にとっては。

 顔を見ればアスタリオに連絡を入れるぐらいはすると思っていたがそんな気配は微塵もない。


 敷地内にも簡単に入れすぎだ。

 館内で襲うにしても伏兵の気配がまるでない。もっとも襲うこと自体が下策だが。

 オルガンがアスタリオの立場なら視察が入った時点で何もかも投げ捨てて逃亡する。もっともそれをさせないための館外待機だったのだが完全にアテが外れた。


 通信魔術にて外の部下に連絡を入れるが目立った動きはまるでなし。

 ただの阿呆集団かそれとも……。


 思考がまとまらぬ間に二人は大使の部屋に通された。


「遠路はるばるお疲れさまです。親善大使を任されておりますレヴィンともうします」


 レヴィンと名乗る牡牛の魔族はすぐに席を立ちオルガンに握手を求めてきた。

 当たり前のようにアドラはガン無視だ。


「失礼ながら、なぜこのような小国の大使館にご視察などを?」

「単刀直入にいうとあなたに裏切り者の疑いがかけられてるからよ」


 レヴィンは顔面を蒼白にして疑惑を否定した。

 その言葉に嘘はないように思える。


「調べていただければ根も葉もない噂であるとすぐわかるはずです!」

「申し開きならアドラちゃんにして。あなたの上官はそっちよ」

「はは……ご冗談を。これでも私ネウロイ総指令の直属の部下なのです。あのようなマヌケ面見たこともありませんよ」

「ちょっと前に変わったのよ。自分の上官の顔も知らないようじゃ疑われてもしかたないんじゃなぁい?」

「こっ、これは失礼しました!」


 レヴィンは恐縮しアドラに何度も頭を下げた。

 ああはいったもののド田舎の下っ端役人がアドラの事を知らないのは至極当然。

 オルガンはますます自分の情報網に疑問を持ち始める。


「あの……ここ最近、何か変わったことはありませんでしたか?」


 おずおずと挙手して質問したのはマヌケ面もといアドラ。

 レヴィンは半信半疑ながらも上官ということで神妙に応答する。


「特に変わったことは……最近スラムの浮浪者がやけにたくさん表通りをうろついているという報告を受けているぐらいです」


 浮浪者たちはオルガンの放った密偵だ。

 報告されるほど怪しい動きをしてるのは少し問題だが、しょせん何も知らないアマチュアなので仕方ない。


「なんで浮浪者だってわかるんですか? もしかしたら反乱軍のスパイとかかもしれないじゃないですか」


 余計な事をいうなとオルガンは思ったがあえてスルーした。

 アドラもその辺の浮浪者と似たようなもの。放っておくしかない。


「わかりますよ。浮浪者の多くはエルフですからね。少し前に反乱軍に森が焼かれて、大量の難民が国内に流れ込んできたんですよ」

「それは大変ですね。国は対応してないんですか?」

「してるそうですが、いかんせん数が多いですからね。エルフの乞食はもはやカラクリテンの風物ですよ。先ほども館の周辺をたむろしていたダークエルフの少女が身なりのいい老人にタカってるのを見たばかりです」

「それはいけないですね。こちらからも働きかけて早急に解決を――」


 ――ドン!


 アドラの言葉は机を叩く音に遮られた。

 叩いたのはオルガンだった。


「その状況、もっと詳しく」


 オルガンに睨みつけられたレヴィンはしどろもどろになりながらも詳細を説明する。

 説明が進むにつれてオルガンの表情が鬼のそれへと変わっていく。

 野郎二人は恐れ慄き肩を抱き合って震えあがるのみだった。


「一度ならず二度までも……絶対に赦さないわよ。大精霊ルキフゲ!」



                   ※



 ウィルベン大公園のベンチに腰を下ろし老紳士は今後の方策を練る。

 足下に置いたアタッシュケースには魔王軍の機密情報がたっぷり詰まった大量の魔導石が入っていた。

 老紳士はかけていた携帯を捨てると諦めの表情で独りごちる。


「アスタリオ様……どうしてもそこから逃げることを善しとしませんか」


 老紳士――ルキフゲは、オルガンが想像しているほど勝ち誇ってなどいなかった。

 むしろその逆。今回は完全にしてやられたと思っている。

 乞食のダークエルフに駄賃を渡して誤情報を流してもらったのは時間稼ぎのその場しのぎであって作戦ですらない。

 ルキフゲ個人だけならともかく彼女につけられたステンノを追われてはもはやどうしようもなかったからだ。


 ステンノはダイダロスへの中継係であると同時にルキフゲの監視役だった。

 なかなか成果を出さないルキフゲにアスタリオが業を煮やして送ってきたのだ。

 本土から派遣されたのだから多少は有能かと思いきやこの有様だ。

 ルキフゲにはなぜこのような女を主が重用してるのか理解不能だった。

 居場所がバレているにも関わらず逃亡しようとしないことも含めて。

 大精霊だろうとこの世にはわからないことがたくさんあるのだと思い知る。


 先ほど盗聴される覚悟で行った忠言は無為になった。

 アスタリオは魔王軍から逃げることを恥と考えている。

 高等魔族らしいプライドだがそれだけでは戦争には勝てない。

 こちらの体勢が整う前にルーファスはなりふり構わず潰しに来るだろう。

 その前に――――



 ルキフゲの思考は鼓膜が破れんばかりの轟音によって遮られた。



 ――――背後にあった時計台が爆発炎上したのだ。


 わざわざ確認するまでもない。魔王軍の砲撃だ。

 ルキフゲを狙ったものではない。おそらく無差別だと思われる。

 彼女を捕らえるよりデウマキアを地図から消すほうがてっとり早いからだ。

 予想はできたが予定よりはるかに早い。早すぎる。


「……ここまで、ですか」


 ルキフゲは嘆息した。

 こうなってしまった以上反乱軍に勝ち目はない。

 誠に不本意ではあるが見限るしかない。


「我が名はルキフゲ。光を憎み光を殺す者。この借りはいずれ必ず」


 無慈悲な砲撃が緑溢れる美しい公園を地獄絵図へと変えていく。

 ルキフゲの姿は燃え盛る炎の中に溶けるように消えていった。

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