二人の悪女
オルガン・ストラトヴァリウスは100年に一人の天才サキュバスだ。
幼少の頃より神童ともてはやされ本人にもその自覚があった。
だが彼女はその名声に奢ることなく日々魔術の研鑽を続けてきた。
決してストイックな性格をしているわけではない。
周囲の期待に応えたいなどという殊勝さはオルガンにはない。
どれだけ天才だろうとしょせんは下級魔族にすぎないという自覚があっただけだ。
オルガンは己を知っている。
自分はアドラやルーファスのように種の枠をはみ出るような怪物ではないと。
故に情報収集を怠らず周囲の情勢を冷静かつ正確に分析していた。
いざという時いつでも新たな強者に乗り換えられるように。
世渡りの上手さ。
それこそが彼女が持つ真の天才性といえるかもしれない。
「……反乱軍の首領は、アドラちゃんのことを始末しようとしていた」
使い魔からの連絡を待つ間、オルガンはふと思うところがあり、アドラに自らの分析結果を伝えた。
「だってアドラちゃんのことをスカウトする気なら村を焼く必要はないもの」
ルキフゲはああいっていたが部下の暴走などありえない。
反乱軍は寄せ集めではあっても烏合の衆ではない。
統率は完璧。でなければ魔王軍と渡り合えない。
「やっぱそうですよね。おれもそう思います。でもなんで……?」
「これはあたしの想像だけど、反乱成功後の権力問題だと思うわぁ」
反乱軍は血統第一主義。
よって参戦した場合、最高の血統を持つアドラが組織のNo.1になることは火を見るより明らか。
ボルドイ村襲撃はそれを阻止するための暗殺であるとオルガンは読む。
「なるほど、死ぬほどくだらない理由ですね」
「ホントそう思うわ。でもあっちの首領にとっては重要なことなのよ。たぶんね」
「……いったい誰なんですかね」
正体不明の反乱軍の首領。
だがオルガンの中ではすでに目星がついていた。
アドラ――レイワール家を妬む王族の心当たりは彼女の中には一名しかいない。
「最有力はアスタリオ・ド・フォン・ショーワルド。六大王家のNo.3よ」
蝙蝠から標的の行方不明の一報。
しかしオルガンは微塵も動じない。
アドラを忌み嫌い始末しようとした反乱軍。
アドラを直接スカウトし厚遇した魔王軍。
両軍の明暗がここでハッキリと分かれたと判断したからだ。
単純な戦力云々という話ではない。
これはトップの人材確保に対する姿勢の差だ。
オルガンの優れた嗅覚は魔王軍の勝利を確信していた。
よって今後の身の振り方を考える必要はない。
「追跡は諦めましょう。アドラちゃんの身の安全のためにも反乱軍は潰すべきよ」
「それとこれとは別問題ですよ。やられたらやり返すじゃ反乱軍と変わらない。できることなら戦争は回避したい」
「甘ちゃんねぇ。育ちがいいお坊ちゃんはこれだから困るわぁ」
「何とでもいってください。ゲルダさんは絶対に追います」
本当に考えが甘い。
権謀術策渦巻くこの魔界。どれだけ強かろうとそんな考え方ではいずれ足下をすくわれる日が来るだろう。
だがそんな甘い男がオルガンは嫌いではなかった。
※
長く薄暗い通路をか細い魔灯の光を頼りにステンノは進む。
通路の先にはまばゆい光が待ち受けていた。
魔界中の金銀財宝をかき集めたそこは謁見の間。
反乱軍 《ノーブルブラッド》 の首領アスタリオが部下からの報告を待ちわびていた。
玉座は謁見の間をすべて見下ろせる高所にある。
仕切られたカーテンのせいでその姿は見えない。
ステンノはその場にひざまずき報告する。
「ショーワルド様、ルキフゲの正体が見破られました」
アドラが地獄に遠征中、ステンノもまた反乱軍の本拠地であるダイダロスに遠征していた。
いや帰還したというほうが正しい表現かもしれない。
ステンノは最初から反乱軍の幹部なのだから。
彼女の役目は中継係。ルキフゲからの緊急連絡を受け直々に報告に赴いたのだ。
「……成果は?」
「上々とのこと。すべてはネウロイのおかげです」
長らく手の届かなかった魔王軍の重要機密。
クーデターによる司令部の混乱に乗じてようやく入手に成功した。
しかしアスタリオに喜ぶ様子はない。
カーテン越しからでも不快感を露わにしているのがわかる。
ルキフゲがスパイとして潜入して早数百年。
あまりに遅すぎるというのがアスタリオの下した評価だった。
「では早く渡せ」
「それは無理です。情報量があまりに多すぎます」
莫大な数の計画書や魔術書。そして新兵器の設計図。
そしてそのほとんどが紙で管理されている。
とてもではないが魔王軍にバレずに郵送できる量ではない。
ルキフゲが直接ダイダロスまで運ぶ必要がある。
「後日ルキフゲが直接お持ち致しますので、どうかそれまでご辛抱ください」
「ならば報告は不要。これ以上余に手間をかけさせるな」
吐き捨てるとアスタリオは玉座を立った。
無人となった謁見の間でステンノは今後の身の振り方を考える。
アドラを始末するために加入した反乱軍。
計画は今のところ順調といっていい。
しかし首領のこの対応――どうにも一抹の不安を感じざるをえない。
態度だけならルーファスも似たようなものなのだが、向こうは何やら底知れぬものがあるというのが直接会話した者の体感だった。
――もしかしたら潮時なのかもしれない。
オルガンのように情報を精査した上での結論ではない。
しかし多くの為政者を掌の上で転がしてきた経験による直感が、そろそろ反乱軍を切るべき時期だと告げていた。
だがステンノは動かない。
事実として機密は入手できたのだ。
これで反乱軍は魔王軍と互角以上に戦える。
勘などという不確かなものに頼るわけにはいかない。
ならばこのまま反乱軍の幹部として魔王軍ごとアドラを潰すべきだ。
二人の悪女の判断は同じ。
しかし下した決断は真逆。
それはそのまま両者の明暗を分けることとなる。




