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四天王アドラの憂鬱~黒き邪竜と優しい死神~  作者: 飼育係
第5章 選神戦争 Ragnarok Transcendence
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終わりなき物語

 強い風が吹いた。

 何の遮へい物もない丘の上で、塩気を含む潮風に無防備に晒されるが、互いに瞬きひとつすらしない。


「ルージィさんから聞いてたけど、おまえって本当にあの主神ラースの生まれ変わりなんだな」


 アドラが剣を構えながらいった。

 オキニスが神とかマジで似合わない。とはいえこの黄金の聖気はどう見ても人のモノではない。神の化身だ――紛れもなく。


「そういうおまえは悪神ネメシスの生まれ変わりなんだろ。師匠が興奮した面もちでいってたぜ」


 小馬鹿にされていることを察したオキニスが不機嫌そうにそう返す。

 一瞬、師匠って誰だと考えたが、多分シルヴィのことだろう。姉から自分の正体を聞いたのか。姉妹ともども口が軽い。


「うん、まあそうなんだけど、その件は秘密にしといてくれないかな。せっかく今はいい方向に世界が動いているんだからさ。余計な火種は要らないだろう?」

「心配いらねえよ。てめえはここでくたばり、その正体は永遠に秘匿される」

「悪神を倒してその事実を喧伝しないのか。殊勝だねぇ」

「てめえのいう通り今は世界にとって大事な時期だからな。ルージィさんが後日、別の形の伝説として残してくれるんだとさ」

「ああそうかい。だったらがんばって戦って出世してくれよ伝説の勇者くん」

「てめえこそせいぜい抵抗しろよ。邪悪なる大魔王め」


 アドラは声を出して笑った。

 オキニスはおそらく今、この世で唯一自分のことを邪悪と糾弾する者だろう。

 嫌われるのはもちろんイヤだが、英雄と呼ばれるよりは響きがいい。

 とはいえ大魔王などと呼ばれるほどご立派な魔族でもないが。


「では、改めて……オキニス、決闘の方法を決めようか」

「雑魚のてめえの好きにしろよ」

「せっかくの美しい自然だ。派手に暴れて壊したくない」

「同感だ」

「なので剣技のみでの勝負――ということでいいかな?」

「望むところだ!」


 いうが早いかオキニスの聖剣が閃いた。

 音を置き去りにするほどの超高速の一撃は、アドラの 《勝利の剣》 の攻撃予測によって受け止められ、火花を散らして弾け飛ぶ。


「そのままの姿で闘うのかアドラ。その醜悪なる邪神の本性をさらけ出さなくて本当にいいのか?」

「いちおう何度か試してるけどなり方がわからん。あの時はネメシスが力を貸してくれたというだけで、あれも本来の姿じゃないのかもね」

「そうか。唯一の勝機がなくなって残念だったな」

「まっ、おまえ程度が相手なら今のままでぜんぜん余裕だけどな」

「上等だ! 後悔するなよッ!!」


 互いに踏み込み、同時に剣を打ち込む。

 刀身が触れた瞬間、凝縮した聖気と魔気が混じり合い中和される。中和された気は自然へと還り、新たなる生命の息吹となる。


 ――……美しい。


 その様を見たアドラは口元を緩ませながら想い、そして確信する。

 やはり自らの運命の勇者あいてはエリではなくオキニスだったのだと。

 ルガウでの出会いは偶然ではなく必然だったのだと。


 だからこそ共に旅をした。

 だからこそ 《アスカロン》 を託した。

 だからこそ自らの生命を預けた。


 約束の日は今――この瞬間ときだ。




 海と大地の精霊見守る中、勇者と大魔王の決闘は厳かに行われた。




 静寂なる聖地。響くのは剣と剣が交わる音だけ。

 剣が弾かれる度に光の粒子が放たれ、大気に溶けて消えていく。

 世界が優しい光に包まれる。


 達人同士の決闘は戦闘規模が極端に小さくなるという。

 アドラもオキニスもそこまでの達人というわけではない。どちらも戦士としては熟練の域にすら達していない。

 だがしかし、まるで誂えたかのように二つの歯車がカチリと噛み合い、奇跡的なバランスで被害を抑えている。それどころか新たな生命を生み出す動力源エナジーとなっている。



 それがいったいどういう意味を持つのか。

 わからないほど二人の王は愚鈍ではない。



「オキニス、おまえは今、何のために闘っている?」


 激しい鍔迫り合いの最中、アドラは訊いた。


「無論強くなるためだ! 島どころか女ひとり守れねえ、情けねえ過去の自分をブッ倒すためだ!」


 オキニスの答えにアドラは満足げに頷いた。


「そういうてめえはどうなんだアドラァ!?」


 今度はオキニスが訊いた。アドラは微笑みながら口を開く。


「最初はラースの智慧を得る為だった。アカシックレコードとまではいかないものの、人類にとってはそれに等しい価値のある、太古の昔より蓄積され続けた超巨大データベースのことだ。それさえあれば、おれにかけられた忌まわしい女神の呪いから解放される手段が見つかると思ったんだ」


 アドラはオキニスの剣を圧し弾き、そして続ける。


「だけど、途中でどうでもよくなった」


 構えた剣を降ろし、アドラは光の粒子を左手で掴む。



「これが『答え』だろオキニス! おれはおまえが言うような呪われし邪悪の王なんかじゃない! 祝福されて生まれてきた人の子だった!」



 アドラは全身を歓喜でうち振るわせていた。

 万感の想いが熱い涙となって瞳から溢れ出し、神の血肉眠る大地を湿らせる。



 殺し合い奪い合うために出会ったのではない。

 認め合い分かち合うために出会ったのだ。

 過去の因縁に決着をつけるために生まれたのではない。

 新たな未来を紡ぐために生まれたのだ。



「おれはこの世界に生きていていいんだ! こんなに嬉しいことはないッ!!」



 アドラの魂の叫びを、オキニスはどこか嬉しそうな顔で聞いていた。

 ライバルが生き生きしているほうが燃える性質なのか、それとも共にこの喜びを共有してくれているのか。アドラには彼の本心はわからないし、わかろうとも思わない。人は人の心を慮ることはできても覗き見ることはできないのだから。


「ネメシスがどんな想いでおれに生まれ変わったのかは知らない。だがその胸の内にあったのは恨みと憎しみじゃなかった。おまえのおかげでそれを知ることができた。それだけでもう十分だ。他の情報モノは要らない。おれは神になる気はないからね」


 アドラは涙を拭うと平静を取り戻し、再び剣を構える。


「オキニス――今は純粋に、おまえの成長が見たくて闘っているよ」


 雄叫びをあげて突進するオキニスを、アドラは赤布一枚で猛牛と対峙する剣闘士のようにひらりとかわす。

 慌てて振り向き剣を振り下ろすオキニス。その半端な太刀筋をアドラは見逃さない。



「――――ッ!!」



 オキニスの聖剣が蒼穹そらを舞った。

 剣は弧を描いて落下し地に刺さる。

 同時にアドラの 《勝利の剣》 が、倒れたオキニスの鼻先に突きつけられた。



「今日のところは、おれの勝ちだな」



 アドラは剣を鞘に収めると、すぐにオキニスの前に手を差し出す。


「色んな人たちを巻き込んで、互いに引っ込みがつかなくなって、結局行き着くところまでいってしまったけれど……ホントはネメシス――おれの母さんだって、こうしたかったはずなんだ」

「いいのかよ。オレはてめえを倒すことをぜってー諦めねえぞ」

「そうこなくっちゃ。おれは祝福されて生まれた人の子だけど、それでも万が一ってことはあるからね。ストッパーは必要さ」

「……」

「逆におまえが暴走した時は、おれが止めてやるから安心しろよ」

「……アホ抜かせ。天地がひっくり返ってもありえねえわ」



 オキニスがアドラの手を取った瞬間、爽やかな一陣の風が吹き、豊穣の大地に鮮やかな花が咲き乱れた。

 穏やかな海はその輝きを増し、燦々と降り注ぐ陽光が二人を優しく包み込む。

 全てを見届けたウィズの大樹は、風に煽られその枝を大きく揺らした。

 勝負を終えた両者に万雷の拍手を送るかのように。



 樹と花の妖精が、海の大地の精霊が、ルガウが、世界が――新たな時代の到来を祝福してくれていた。



 ソロアスター教の創始者――かつて天使ソロネと呼ばれた古代人の生き残りが、ルガウにて予言した聖魔最終決戦ハルマゲドン

 だがその顛末は彼が恐れるような終焉の始まりなどではなかった。

 彼はすべてを見通す神の遣いなどではなかった。

 しょせんはただの人間だった。



 そしてそれは、安易に預言に頼るミーヤやウリエルたちにも言えることであった。

 未来は予測はできても確定はしていない。だからこそ人は自らの力と意志で未来を切り開くのだ。そして次の生命へと繋いでいく。物語はここで終わらない。



 ――約束、果たしましたよ。おれのもうひとりの母さん。



 アドラは万感の想いを胸に、今は亡き月星の女神に告げる。



 ――そして、これからも果たし続けます。



 後の世に真神戦争と呼ばれた二柱ふたりの物語。

 互いの死により筆を置くこととなった未完の作品。

 その続きが今、二柱の子供たちの手によってようやく綴られる。

 次こそは剣ではなく、互いに手を取り合うために。




             ――選神戦争終結――


     ――そして人生という名の終わりなき物語の始まり――

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