聖魔最終戦争
魔界の中心にそびえ立つ超大型エレベーター。
アドラはその管理者であるルルロラ・レレロラに声をかける。
「先日はありがとうございます! これ、つまらないものですが!」
アドラは頭を下げてから菓子折りをルルロラに手渡す。
実はトモエちゃんが持っていたカナタを鍛造したのは彼女だった。
「あなたの打ったカナタのおかげでサタンに勝てました! 感謝してもしきれません!」
「感謝なんていらねえよ。あたしはカタナを返却してくれさえすればそれでいい」
「あ、カタナならトモエちゃんの自爆に巻き込まれて消滅しました!」
「おいっ!!」
ルルロラは血相を変えてアドラに詰め寄る。
訊けば久々の鍛冶師としての作品なので思い入れがあるそうな。
「い……いや、これについては謝りませんよ! 武器なんだから折れたり潰れたりするのは当たり前の話です! 芸術品じゃないんです!」
「それはそうなんだが、たったの一戦でもうオシャカとはなぁ……」
「たったのって……人類を命運を賭けた大決戦ですよぉっ!!」
サタンとの戦いに使われたのは万の戦に匹敵する名誉であると説得するが、それでも納得してない風のルルロラに、アドラは苦笑いを浮かべるしかない。同じ芸術家として気持ちはわからないでもないのがまた困る。
伝説の鍛冶師を祖母に持ってるわりには鍛冶屋に向いてないよなこの女性。時代の流れがどうとかいって建築家に転職したけど大正解だ。
「まあいい……いや良くはないがその件は諦めよう。で、他にも何か用件があるんだろう? 今更感謝するためだけに来たわけでもあるまい」
「一応それが主目的なんですけど、できればエレベーターを使わせてもらおうかなと思いまして」
地上人類との交流が盛んになった結果、地上エレベーターは改良され無制限に使用可能になった。
ルーファスの手により塞がれていた魔導の穴も今ではすべて開通しており、地上と魔界を妨げるものはすでに何もない。
「別にいいけど、ルーファスの許可は取ったのかよ」
「ルーファス様とは今連絡が取れないんで、元魔王の特権を使わせてもらいます」
ガイアスにぶちのめされてダウン中とはさすがにいえない。
「しかしなんでまたわざわざコイツを……個人で地上に行く分には他にいくらでも方法があると思うんだが」
「ルルロラさんに会いたかったというのもありますけど、最初に地上に赴いた時に利用した思い出がありますので。初心に帰ろうかなって」
「ふぅん。まっ、いいや。あんたが救った魔界だ、好きに使いなよ英雄様」
「その呼び方はやめてくださいよぉ」
恥ずかしそうに頭をかきながらアドラはエレベーターに乗り込む。
エレベーターのドアが閉まる直前にルルロラに声をかけられた。
「あんたの家、いつ建てられるんだ? 声がかかるのをずっと待ってるんだぜ」
アドラはその問いに答えず、無言でドアを閉めた。
※
エレベーター独特の浮遊感が消え、足下に地を踏む感覚が戻ってきた。
照明が消えて蒸気による廃熱が行われる。
重々しい魔鉄の扉が開かれるとアドラは誘われるように地上に足を踏み出した。
――そこには溢れんばかりの光の世界があった。
頭上より燦々と降り注ぐ陽光のまぶしさは、本来の姿を取り戻した魔陽でさえ敵わない。
リリロラがどれだけ天才だろうと決して真似できない圧倒的な『本物』の輝き。
その輝きに呼応するように大地が、草木が、動物が――すべてが力強く脈動している。
「相変わらず、地上は美しいなぁ」
あの日の感動を思い出しながらアドラは大きく深呼吸をした。
新鮮な空気を肺に入れると身体のすべてが一新されたような気分になる。
やはり地上は素晴らしい。神が人に与えたもうた大いなる奇跡だ。
「では行こうか」
上機嫌になったアドラは意気揚々と出発した。
ルガウの深い森の中。アドラは雑草をかき分けるようにして進む。
新緑の大海原。むせかえるような匂いを楽しみながら暫し夢想に耽る。
魔王軍が侵略するまで誰にも手つかずだった未開の地。何千年、いや何万年と変わらぬ神々の時代の景色がここにはある。
大地の精霊が、美しい音色で謳いながらアドラに道を教えてくれる。
樹木に宿る妖精が、軽やかに舞いながらアドラを導いてくれる。
運命などという言葉は嫌いだが、それを乗り越えるためには受け入れなければならないこともある。今、この瞬間がその時だ。
森を抜けると視界が一気に開けた。
強い潮風が吹きアドラの髪を梳く。
海鳥が物珍しそうに遠巻きにこちらを眺めている。
ロット海を一望できる小さな丘。
そこに生育するウィズの大樹は樹齢1000年を越えるという。
一目でわかるほどの聖樹だ。決して犯してはならぬ神聖なるモノに守護られている。伝説になるだけのことはある。
――ここから始まる歴史の立会人……いや立会樹なのかもしれないね。
大樹の下で瞑想している者がいた。
ぼさぼさ頭の元不良少年だ。紅いマントにロングソードという古典的な勇者ルックスだが、今ではもう似合わないと笑うこともできない。
全身から立ち昇る黄金の聖気はアドラの目から見ても凄まじく、サタンとの戦いを経て更なる成長を果たしていた。薄々感じてはいたものの、もはや神の生まれ変わりであることに疑いの余地はない。
――伝説の勇者が今、目の前にいる。
「遅いじゃねえか。待ちくたびれたぜ」
オキニス・エンシはアドラを認めると瞼を開き、静かに立ち上がった。
足下で眠っていた動物たちが一斉に目を覚まして散っていく。
「明確な時刻を書かないおまえが悪い。だが確かに受け取ったぞ」
アドラは懐から封筒を取り出してオキニスに見せる。
「運命からの招待状――いや、果たし状をな」
オキニスは不敵に笑うとゆっくりと聖剣を抜く。
それはかつてアドラが捨てたはずのミスリルソード。神王の覚醒に応じ、再びその手に戻ったのだ。
聖剣は主の聖力によってその輝きを増す。無銘だが最早 《アスカロン》 に匹敵する聖剣といっても過言ではない。
「受け取ったっつうことは当然、覚悟はできてるんだな」
「おれはただ、おまえとの約束を果たしにきただけだよ」
「そうかよ。どのみち運命は変わらねえけどな」
「だろうね」
オキニスが聖剣を抜いたのを見て、アドラもまた 《勝利の剣》 に手をかける。
水で濡れたように透き通った白刃が顔を出し、陽光を浴びて美しく煌めく。
互いに剣を抜いた瞬間、草木はざわめき海鳥は羽ばたき、止まっていた運命の車輪が再び回り始める。
有史よりはるか以前、最早正確な月日すらわからぬ太古の神話――すでに完結し、あるはずもなかった物語の続きが綴られようとしていた。
「あの日の約束を」
「今ここで!」
――ここに宿命の神の仔が対決する――
――選神戦争最終決戦――




