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四天王アドラの憂鬱~黒き邪竜と優しい死神~  作者: 飼育係
第5章 選神戦争 Ragnarok Transcendence
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持たざる者の最期

 モモの転送魔法陣でマーレボルジェより脱出したルージィたちは、魔導戦車部隊を率いて地獄の入り口までやってきたルーファスと遭遇した。


「一足遅かったですね兄さん。まあ、こちらとしては渡りに船ですけど」


 ルージィの出会い頭の言葉にルーファスは首を傾げた。

 こんな髭面のおっさんを弟を持った覚えはない。それどころか初対面だ。


「人型呪術爆弾 《ルシフェル》 ――最初の実験体があなたで、私はその後継。血は繋がってはいないので兄弟と呼ぶのはいささかおかしいですが」

「――ッ! 貴様もサタンの被害者かッ!?」

「まあ、そうなりますかね。あまり被害者ぶる気はないんですけれど」


 力なく笑うとルージィはルーファスに、一緒に脱出した生き残りの保護を求めた。

 サタンとの戦闘で相当な数の死者が出た。だがその死は決して無駄にはならなかった。彼らを敗残の兵にせずに済んだことを喜ばしく思う。


「とりあえず事情を説明してくれないか?」


 ルーファスの当然の要求に、ルージィは空を指さしていう。


「これがすべての答えですよ」


 天空に燦々と輝くのは魔界史上最高の天才鍛冶師リリロラが生み出した究極の魔具――『魔陽』。規模こそ違えど魔族にもたらす恩恵は太陽になんら劣ることはない。


「まさか……倒したのか、あの人類悪を!!」

「ええ、そのまさかです。暴れまわっているドラゴンゾンビや魔界を包む障気もすべて消え去ることでしょう」


 最高の吉報を聞き、ルーファスは歓喜にうち震えた。


「その場に立ち会えなかったことが至極残念だッ!」

「私も直接は立ち会っていませんし、立ち会わなくてよかったですよ。一緒に戦っていたら、とてもとてもそんな呑気なことはいっていられなかったでしょうから」


 まるで勝ち目のない絶望的な戦いだった。地獄の中に地獄があった。こうして生還できたのは奇跡以外の何物でもない。


「殺ったのはアドラか?」

「恐らくは。ハッキリとわからないのは、フォーチューンリンクを切ってなお私を支配していたサタンの魔力の影響が薄れつつある証拠なのでしょう」

「……確かに、我にもまるで実感がないな。本当に終わったのだろうか?」

「終わったんですよ、完全に。赤の他人の生死などわかるはずもないということです」

「赤の他人……か。我らは兄弟だといったのは貴様ではなかったかな」

「そういったほうが助けてくれると思ったもので。確かに邪竜アレを親とするのは胸くそが悪いですね。お忘れください」

「構わんよ。血は繋がらずとも我らは紛れもなく兄弟だ。弟の頼みなら喜んで聞こう」


 ルーファスは部下に指示を出し、負傷者たちの救助を開始した。

 魔界の医療技術は世界最高峰。助かる生命も多いだろう。これが地上と魔界の友好のきっかけとなればなお幸いだ。


「ルージィ、貴様は乗らないのか?」


 ルーファスは訊いた。

 本土から急遽呼び寄せた救急車。

 多くの生存者が担架で担ぎ込まれる中、ルージィは治療も搬送もすべて断っていた。


「私は結構です。どうか捨て置いてください」 

「そういうわけにはいかん。弟に死なれては我も目覚めが悪い」

「サタンとの戦闘で寿命をあらかた燃やしました。どのみち長生きはできませんよ」

「だがそれでも……」

「私はサタンを心底憎んでいました。同時にサタンは私の全てでした。あなたが私の兄ならばきっとご理解いただけるはずです」


 互いの目があった。

 同じ境遇を経験した魂の兄弟――言葉なくとも伝わるものはある。

 ルーファスは頷きルージィに背を向ける。


「我は死なぬよ。我を慕う者たちがいる限りな」


 ルーファスは背後に控えていた不死騎士たちを見てからいった。


「貴様にもいると我は信じているぞ」

「いませんよそんなもの。私は “持たざる者” ですから」



                   ※



 ――そしてルーファスたちは去った。


 独り取り残されたルージィは静かに海を眺める。

 地上とは比べものにならない汚れた海だが、それでも長い月日をかけていつしか浄化されていくのだろうか。今の自分の心のように。


「こんな穏やかな気分で最期を迎えられるとは思いませんでした」


 復讐のためだけに生きてきた。人類悪を葬るための機械になると決めた。

 それが為された今、自分の存在意義はどこにもない。

 不要な道具を廃棄処分するのは当然のこと。


 だがそれは決して不幸なことではない。むしろ真逆だ。

 道半ばではなく役割を終えて死ねるとは何たる僥倖か。サタンを討ち果たしてくれたアドラには感謝してもしきれない。


「これで少しは償いになればいいのですがね」


 ルージィは懐から拳銃を取り出すと、安全装置を外してこめかみに押しつける。

 ルガウで初めて出会って以降、アドラには数々の不幸を押しつけた。怪我か寿命で生命が尽きる前に、自らの手で生命にけじめをつけて彼に――いや、自分がこの手で殺したすべての者に詫びねばなるまい。


「分不相応なまでにいい人生でした。ではさようなら」


 ルージィは躊躇うことなく引き金を引いた。

 死を確信した刹那、彼は驚き言葉を失う。



師匠せんせい、それはいけませんよ」



 銃を握るルージィの腕を掴む者がいた。



「あなたにはもうしばらく、この生き地獄で足掻いてもらわないと」



 なりゆきとはいえ、かつて自分を師と仰いた男が、地獄の底から蘇ってきたのだ。



 ――……リドルくん……ッ!!



 だが驚きもつかの間、リドルの姿は煙のように消えていた。

 まるで最初から何もなかったかのように。


「……何かあるとすぐにジャムる。これだからヴァーチェの粗悪製は嫌いなんです」


 ルージィは拳銃を投げ捨てると周囲を見渡す。


「いるんでしょうモモさん! 隠れてないで出てきてください!!」

「ここまで近づいているのに妾に気づかんとはだいぶ弱っているな」


 迷彩魔術を解いて背後から現れたモモは、杖でルージィの肩を叩く。

 全身が柔らかな光に包まれると、全身の傷がみるみる内に塞がっていく。


「勝手に治さないでください」

「そういうわけにはいかん。旦那に先立たれては妾の余生が寂しいだろう」

「サタンは死んだ。私たちの契約もおしまいのはずです」

「そんな契約をした覚えはない。夫婦の契りというのは永遠に続く。その覚悟もなくて軽々に口にしたとでもいうのか?」

「爆弾と結婚したがるとはあなたもそうとうな物好きですね」

「そういうお主は妾のことをどう思っておるのだ」


 ルージィは目を細めると、しばらくの沈黙の後に告げる。


「あなたは私の恩人で、英雄で、最愛の女性ですよ。すなわち “持たざる者” には不要の存在です。どうか私のことなど忘れ、自由に生きてください」


 その回答にモモは口の両端を大きくつり上げ、実に満足げな笑みを浮かべた。

 こんなに嬉しそうな彼女を見るのは久しぶりだった。サタンが死んだ時より嬉しそうな顔をしてるのはどういうわけか。

 相変わらず何を考えているのかわからない女性だ。もっとも、そんなミステリアスな部分に惹かれたのだが。


「確かにお主はかつて “持たざる者” だった」

「今でもそうですよ」

「いいや違う。 《黒死の一三翼》 だったお主はすでに死んでいる。その事実を今一度思い出せ」


 モモが指を鳴らすと、先ほど重傷で担架で運ばれていったはずの少年が現れる。

 転送魔術――いや、最初からモモと一緒に隠れていたのだろう。


「ずっと見てたけどさ……なあルージィさん、あんたなんでそんなすべてをやりきったみてえな顔してんだ?」


 オキニスはルージィの前に立つと、大きな不満を露わにする。


「オレ今回クッソ無力で何もできてねーんだけど! オレの物語はまだ始まってすらいねえんだけどさぁ!」

「……」

「なのになんで勝手に満足して勝手に死のうとしてるわけ? あんたオレの後見人なんだろ!? それとも弱いオレのことなんかもう見捨てたっていうのかよ!!」

「……」

「黙ってねえで何とかいえよオイ! あんまり冷たいとしまいにゃ泣くぞ!」

「……ははっ」


 ルージィは笑った。

 ひとしきり笑うとその場にひざまずく。


「もうしわけありません我が主よ。私、手前の都合により身勝手に死のうとしておりました。猛省し、二度としないよう心がけます」


《黒死の一三翼》 “持たざる者” ルージィ・マレアニトは今、死んだ。

 ここにいるのは神王の忠実なる信徒。私情で無益に死ぬなどありえない。

 無論アドラに詫びる必要もまるでない。それどころか、あれは主の怨敵ではないか。今度会ったら悪態のひとつでもついておこう。


「残り短い生命ではありますが、貴方の今後のために全力を尽くしたいと思います」

「寿命なんぞ妾がいくらでも延ばしてやるがな」


 人間にも関わらず何千年も生きている希代の魔女モモが笑いながらいった。

 ルージィは嘆息してから立ち上がる。


 ふと視線を横にそらすと彼岸に立つリドルの姿が見えた。

 その表情は優しく微笑んでいる。


 これはモモの魔術が見せる幻覚か。はたまた自分の妄想か。それとも本当に地獄から自分に会いに来てくれたのか。

 何でも構わない。もう一度、君の顔が見れて良かった。謝罪はしない。赦しも請わない。生涯ただ独りの我が愛弟子よ、いつか地獄の底でまた会おう。


 ルージィは胸の奥からこみ上げてくる熱い何かを拭うと、モモの用意した転送魔法陣の上に乗った。


「では帰りましょうか。我らの世界に」


 リドル・ネーヤと同じく、ルージィもまた “持つ者” だった。

 自分を慕う者がいる限り、自分が信じられる者がいる限り、まだ死ねない。死んで楽にはならない。

 この現世がどれほどの生き地獄であろうとも、たとえ泡沫の夢のように儚くとも、すべてが溶けて消えてなくなるまで抗い、闘い続ける。

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